先日の土曜日東京に行く機会が有り、午後の空いた時間で
前から気になっていました谷中・根津・千駄木界隈の散策をしてきました。
まぁ、東京にしてはちょっと昔のものが残っている場所という感じで、
森鴎外や夏目漱石なども近くに住んでいたようですが
それほど気合いを入れて見学する場所では無かったようです(笑)。
・・・近所の方が気軽に散歩に行く感じの場所でしょうか。
まずは根津神社境内の乙女稲荷の鳥居でつながった参道です。
まるで京都の伏見神社の鳥居の様ですね。
高さはとっても低いのです。背の高い方は屈んで通るのでしょうか。
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乙女稲荷の舞台から根津神社の透塀を望んだところです。

ちょっと時間は戻り、
日暮里駅をスタートに坂を降りたら・・・
谷中の「夕焼けだんだん」 面白い名前です。
ここは夕日のあたる頃に来たかったのですがまだ少し時間が有ります。
日暮里駅駅方向を振り返ります。

坂の下は谷中銀座。懐かしい昭和の光景が見えるでしょうか?

谷中の築地塀の名所というので探した場所。
観音寺にある黒の瓦を葺いた土塀です。
皆さん地図を片手にここを目指していますが・・・
な~んだコレですか・・・という感じ?

再び坂道を降りて、不忍通り(しのばずどおり)の谷底からまた坂道を登り・・・
やって来たのは千駄木の「藪下通り」です。
森鴎外が良く散歩をしたというこの通り
丘の上の道なので家並みは坂の下よりは立派です。

いろんな文学者の書いた「藪下通り」・・・
司馬遼太郎と「藪下の道」を歩く
この後、冒頭の根津神社へ寄り、
歩き疲れたので根津の善光寺坂下のカフェで一休み。
善光寺坂というのは長野の善光寺の宿院が以前有ったので付いた名前だそうです。
今は青山に移転しているらしいのですが。
その善光寺坂の登りきった辺り、谷中の吉田屋本店という看板が有りました。
今は営業はしていませんので本当は旧吉田酒店。
ここは昭和の雰囲気がたっぷりのお店です。建物は自体は明治43年のもの。

当時使われていた生活用品や歴史資料が展示されていて興味深いのです。

何時のポスターでしょうか?

地図を見てこの辺りの筈と思い来てみました。
電車の通るところを撮ろうとしたのですが・・・寒くって待てずに電車無し(笑)。
ここは京成電鉄が上野を出て上野公園下のトンネルから地上に姿を現す場所です。

立派な葵の御紋です。
良くドラマの水戸黄門で目にしますが・・・
立体的な御紋は迫力が有ります。
この場所はトンネルの出口のそば、上野の寛永寺です。
元々は、徳川家光が江戸城の鬼門にあたる部分に建てたお寺。
当時の場所は現在の「上野公園全体」という広大な敷地。
いまは小さくなっています。慶応4年(1868年)の彰義隊の戦(=上野戦争)で主要伽藍を焼失。明治維新後、寛永寺境内地は新政府に没収されてしまったのです。

今の根本中堂。

昔の境内は上野公園全体という絵地図。

寛永寺からすぐそば、上野公園の北のはずれに入りました。
子供の銅像が有りますが・・・
国際子供図書館なのです。

国会議事堂のミニチュア版のような建物は?
ちょっと写りが悪いのはもう午後4時36分です。日没5分後の時間でした。
建て物の答えは・・・鉄道マニアでないと判らないかも知れません。
京成電鉄の博物館動物園駅の跡。駅は今はもう有りませんが、建物は残っているのです。
昭和8年12月に開業し、平成9年3月末までは営業していたようです。
私は利用したことは有りませんのでちょっと残念ですね。

夕方5時前、ちょっと早い夕食に根津名物の串焼き屋さんに行きます。
なかなか風情のある木造3階建て。
はん亭です。

明治時代の建物。建物の雰囲気がgoodです。

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谷中・根津・千駄木界隈の散策を終えて後楽園そばのイルミネーションです。
ここもカメラを持って皆さん楽しんでいました。
なかなか役立つサイト・・・
谷中でおさんぽ
(次回は、井の頭公園散策編です。)