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2日目(その4:ルメリ・ヒサールの城砦はdangerous)

2007年3月12日のトルコ旅行記はまだ続きます。
 ルメリ・ヒサールのバス停で降りた私は、二人居たトルコ人に道を聞きました。・・・「意見不一致」!
一人は「バス道路に沿って」、もう一人は「上の方に上がる道で」と。 
急坂を登って確かに城砦にはたどり着きました。
・・・・でも入り口が無い! 「入り口は下だよ」と身振り手振りの親切トルコ人が居て、結局、登った道を引き返すことに、「あー疲れた」・・・常識的には城砦の下が入り口でしたね。
 さて、骨折り損をしてたどり着いたルメリ・ヒサールですが大変いいところでした。
↓城砦のメインタワー。こちらから大砲でドーンと。向こう岸のアジア側の要塞と挟み撃ちです
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ここでちょっと歴史を「おさらい」
  ルメリ・ヒサールを造った人(造らせた人)、はファーティフ(征服王) と呼ばれるメフメット2世です。ファーティフは1451年に18歳でスルタン(トルコ皇帝)に即位、その1年後の1452年にここが出来、1453年に鉄壁と言われたテオドシウスの城壁を破り、金角湾の封鎖を船の「山越え」という奇策で突破してビザンティン帝国の首都コンスタンティノープル(今のイスタンブール)を征服。・・・・・速攻です。
 これについては史実に即した小説「コンスタンティノープルの陥落」(塩野七生)に詳しく出ていますが、私は実際に自分の足で歴史の場所に立ってみたかったのです。 
続きはMore↓をクリック。



↓カメラを左に振ると、ファーティフ大橋(第2ボスポラス橋)。
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↓狙ったのは、黒海とコンスタンティノープルを結んでいたジェノバなどの交易船。
ここはボスポラス海峡で一番狭い600m幅の箇所です。
ここを両側からの砲火を掻い潜って行かないといけないのです。
同じアングルです。船が来ました。
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↓こんな感じで船を狙ったのでしょう。
「・・・・そのうちに、岸に近い大塔から発射される砲丸が、水柱を高く上げ始めました。・・・・」(「コンスタンティノープルの陥落」より)
停船命令に従えば、「砲火なし」ですが、莫大な通行料を取られる。
砲火を浴びて撃沈されたベネティア船も有ったようです。
 アナドル・ヒサールの小さい城砦が船の向こうに見えます。山の頂上付近の下の海岸端。
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↓その大砲、コレです。
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↓他にも多数の大砲、大砲・・・
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↓すごい絶壁!でも登りました。
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余談ですが、ここはもっと古い歴史が有ります。紀元前512年のこと、ペルシャのダレイオス大王が船を並べて橋を作り軍勢を渡らせた場所。
↓階段に注目!手すり有りません。城壁の上も!
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 この絶壁の上で外人カップルに遭遇。「クルディスタン」と言っていましたので、クルド人ですが、自らは国籍の「トルコ人」とは言いません。「国なき最大の民族」と言われ、迫害されています。イラクにも居ます。当方が日本人といいましたら、好意的態度で握手してお別れしました。
彼らのうちには「独立派」も有り、トルコ政府から睨まれているようなのです。
(余談ですが、今トルコはEU加盟申請してますが、前記のクルド人の人権問題が、一つの要因として議論対象になり、EU諸国から問題視されている様です。)
 歯向かう者には厳しいのは、今も昔もある意味では同じで、ルメリ・ヒサール建設当時も、「構築現場に有ったギリシャ正教の修道院が、・・・なんのあいさつもなく破壊され、石材は要塞を建てるのに転用された。」そして、歯向かった者(抗議使節)は、首を切られた、と先ほどの小説にあります。
 往時は地中海世界全体を支配しローマ帝国の後継者となった東ローマ帝国(=ビザンティン帝国)も、その頃はわずかにコンスタンティノープル周辺を残すのみで、周りをオスマントルコに取り囲まれた弱小国になってしまい、いわば「熟柿」状態だったので、政府の力もすでに無かった為の様です。・・・コンスタンティノープルの陥落の1年前
↓城壁の裏側の村です。
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↓城砦の山側の一番高い所付近です。ちょっと怖いです
前を行くのは卒業旅行で来ていた日本人若者2名。
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↓午前中に船から見たルメリ・ヒサールを再掲します。
左手奥が一番高いちょっと怖い場所です。
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↓この鎖はwhat?・・・そうです、先ほどお話しました
 「金角湾封鎖」に使った鎖! ちょっと離れた、こんなところに実物が置いてあるとは知りませんでしたので「へぇ~」
メインタワーの中に入ったところにさりげなく有ります。
後ほどその歴史的地点には行きます。
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↓メインタワーの断面図。高さ33mです。壁の厚さは6m。
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↓全体平面図と昔の絵です。今は無き三角屋根が載っていたようです。
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↓城址の中に咲いていた赤い花。
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いい眺めだったルメリ・ヒサールを後に、再びバスに乗ってイスタンブールに戻ります。
↓道路は時々渋滞します、やはり船の方が優雅でのんびりしていいのです。
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↓乗ったバスの終点カバタシュはトラム(市内電車)の始発駅です。乗り換え。
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エミノニュの手前のカラキョイで降ります。
ここは交通激しいのに、横断歩道なし。ルメル・ヒサールの要塞の上よりも遥かに危ないです。
カラキョイは「新市街」、アジアサイドのカドキョイはとても紛らわしいのです。
・・・・「ガラタ塔の夕陽」に続く。
by ciao66 | 2007-03-28 21:43 | トルコ旅行2007 | Comments(12)
Commented by futakidです at 2007-03-29 20:58
今回のブログでトルコの歴史を知ることができました。
500年以上も前のものが今も残っているなんて、歴史の偉大さを感じざるを得ません。このブログがなければ、トルコを知り得なかったので、改めて感謝いたします!
今後も楽しみにしております~(*^。^*)
Commented by はなみずき at 2007-03-29 22:07
きれいな写真ですね。何処を切り取っても絵になる様な景色ですね! トルコ人、
アメリカ人、クルド人、人々との交わりも楽しそうで、英語と出発前に勉強された
トルコ語も役にたった様で、さすがです。私も楽しく歴史の勉強をさせていただいています。
 

Commented by ciao66 at 2007-03-29 22:16
futakiさん、まいど~!イスタンブールの歴史の詰った場所、「アヤソフィア」は西暦537年に建造され、今も残っている巨大建物です。2007年-537年=なんと1470年前もです。電卓で計算(・・笑) お楽しみに!
Commented by ciao66 at 2007-03-29 22:25
はなみずきさん、有難うございます。これから多くの国の方とのふれあいが続出なのです。次に出てくるのはインドネシア人の女2人連れですが、一人旅なのでこちらから声を掛けて、他にもオランダ人、サウジアラビア人、スコットランド人等様ざまな国の方と話しました。請うご期待!
Commented by さや at 2007-04-04 21:45
penguinさん、こんばんは。
まだ途中ですが旅行記拝見しました。
無事にルメリヒサルに着いたようでよかったです。
今はカバタシュまで行けばラクに帰ることができますね、つけくわえておこ~。
カラキョイからガラタ塔は簡単にいけましたか?

アナドルカワにあった桜のような木はアーモンドの木です。
桜と比べると花つきが梅っぽいのです。

金閣湾封鎖の鎖、軍事博物館にも展示されています。
http://tabiatama.cool.ne.jp/turk/askeri.htm
Commented by ciao66 at 2007-04-04 22:11
さやさん来て頂いて有難うございます!お陰さまでルメリヒサールとジェノバ人の要塞の両方を登ることが出来て本当に良かったです!天気も良かったし。
 ガラタ塔は後にレポートしていますが、一発で行きました!一箇所曲がり角で、このへんで曲がるはず!と思い、親切トルコ人に聞いて行きました。自分で言うのもなんですが読図力と方向感覚には地震いいえ自信が有るのです。
 アナドルカワーウはちょっとしたミスですね。言い訳言い訳・・・。ぷるぷるトルコをもう少し良く見ていれば一発だった。でもあれはあれで、結構面白かったのです。
 アーモンド!!有難うございます。初めて見ました。
軍事博物館は残念ながら行く時間なし、でした。
 長編ですがどうぞまた見てくだされば幸いです。
Commented by てつ at 2008-10-03 03:01
一年半も前のブログにコメント申し訳ありません。
一つ質問がありまして
11月にトルコに行く予定で、ボスポラス海峡クルーズもしたいのですが、高いので観光船には乗らず安い定期船を使い、なおかつ時間がないため、アナドル・カヴァーウまで行かずにルメリ・ヒサールまで行って後はバスで戻ろうと考えています。
そこで下船したところからバス停は近いか?バスの番号は?チケット売り場はあるか?所掌時間はどれくらいか、など少し詳しく教えていただきたいです。大変申し訳ありませんが、トルコ旅行をよりすばらしいものにするために協力お願いします!!!!!
Commented by ciao66 at 2008-10-03 06:31
てつ様、船はサリイェルで降りて、船着き場で道を聞きました、ルメリヒサールに行くバス乗り場は船着き場から右のほうに。歩いてほんの数分位だったと記憶。バスの路線番号25Eです。チケット売り場は無くバスで払ったように思います。乗車時間は10分少々でしょうか20分も掛からないくらい。
トルコ人はみんな親切なので地元人に聞きながら行けば大丈夫でしょう。
この記事の前回の記事もご覧ください。
楽しんで来てください!
Commented by てつ at 2008-10-03 14:02
ルメリヒサールからイスタンブールに乗るバスについて聞きたかったのですが・・。すいません・・。そのバスはあまりこの記事で書かれていないようなので。
あと、ルメリヒサールでは船は降りられないのですか?
Commented by ciao66 at 2008-10-03 20:27
海へ飛び込まない限り(笑)ルメリヒサールでは船は降りられません。
砦を海から眺めて楽しんでから船はサリイェルで降りて下さい。
ルメリヒサールを過ぎたところのイェニキョイで降りてもいいと思います。
船の時刻表:http://www.ido.com.tr/en/index.cfm?page=SubPage&kapsam=178&textid=1741&ln=EN  (WINTER TIMETABLESの終りの方、BO⁄AZ‹Ç‹ ÖZEL GEZ‹ / Scenic Bosphorus Tourのページ;エミノニュ10時35分発、イェニキョイ11時30分着、サリイェル11時45分着)
サリイェル~ルメリヒサールのバスですが20分以上かかったかもしれません。便数は多くあるようです。イェニキョイならもっと近いでしょう。
ルメリヒサールからイスタンブール方面に行くバスは、たいてい市内中心部方面行きかと思いますが、ドライバーに行き先を聞いて乗って下さい。
時間は30分以上かかったと思います。私の乗ったバスの終点カバタシュはトラム(市内電車)の始発駅でしたが、別の路線で山側を通ってタクシム広場行のバスも有ったように思います。
 トルコ人に聞きながら行ってください。イスタンブールでは英語は結構通じますので。
Commented by めめ at 2009-07-27 20:12
カラキョイは「新市街」、アジアサイドのカドキョイ
本当に紛らわしいですね。。
間違って船でカドキョイに行ってしまいました。
着いて帰りの船を聞いたら チュデイ フィニッシュと言われ一瞬青くなりました。
でも他の波止場雪の船がまだありました。
いろいろ沢山出ているので慌てる必要はありませんでした。
Commented by ciao66 at 2009-07-27 20:19
アジアサイドとヨーロッパサイドを結ぶ船は眺めが良くて
綺麗な夕日を思い出します。
間違えて船の乗るのも、時には面白いものですね。
ちゃんと帰ることが出来れば、ですが(笑)。

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