<< 白石城と武家屋敷を見る 仙台市戦災復興記念館に行ってき... >>

山形城と旧済生館と文翔館を巡る

中学2年生の孫と巡る旅の2日目です。仙台から高速バスで山形駅前に到着し、
とても暑いのでタクシーに乗って、山形城の東大手門の前で下車しました。
写真は山形城二の丸(左)とお堀、山形新幹線(=奥羽本線)の線路です。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14392118.jpg
東大手門大手橋(手前)を渡ると、高麗門(正面)と東大手門(左手)が有りますが、
平成になってから復元されたものです。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14392964.jpg
桝形を通って、東大手門を潜ります。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14393831.jpg
門の上は床に穴が開いていて、石落としになっています。
石はもう置いてありませんが・・・
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14394309.jpg
東大手門の上に上がれる、というのは、以前は気づきませんでした。
博物館代わりに、歴史や復元の様子など、いろいろ展示して有ります。
写真は続櫓の上から見た、二の丸と東大手門です。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14394950.jpg
最上義光(よしあき)の騎馬像です。
馬が前足を上げている騎馬像というのは珍しいかも。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14395797.jpg
内堀には残念ながら水が有りません。昔は多分あったことでしょう。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14402420.jpg
本丸一文字門と大手橋です。本丸には天守は有りません。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14401019.jpg
だだっ広い空間が広がりますが、昔は御殿が有りました。
CGで再現された本丸の様子です。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14403581.jpg
最上義光の像です。能を舞う姿でしょうか。これは最上義光歴史館に有りました。
義光=よしあきとは普通は読めません。どうしてこういうことに?
初め「義明」と名乗っていたものの、足利家の有名人、足利「義明」と同名なので、
同名は避けて「義光」に字を変えたらしい。読み方は「よしあき」のまま!
「よしあき」と読む、最後の15代将軍=足利「義昭」も紛らわしいです。

山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14424448.jpg
最上義光の妹=伊達政宗の母でした。
義姫(保春院)は最上から伊達に嫁入りしたわけです。
つまり、政宗の義理の伯父=最上義光。
三者で思惑が交錯して、あれこれと出来事も起こりました。

こちらは、最上義光の娘で駒姫(こまひめ)です。
東国一の美人と言われ、豊臣秀次に嫁ぐことになり、京に到着したとたんに、
豊臣秀次事件に巻き込まれ、15歳で処刑されることになりました。
義光の助命嘆願が有ったので、秀吉は処刑を中止しようと、早馬を処刑場に派遣しましたが、
あと一町(100mほど)の差で間に合わず、処刑されました。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14430341.jpg
@@@@@@@@@@@@

こちらは、二の丸にある明治時代の建物で、
ぐるっと丸い円形ドーナツ型で、タワーまでついています。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14420482.jpg
旧済生館という病院で、今は山形市郷土館になっています。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14421793.jpg
中はどうなっているか、詳しくはこちらの記事をどうぞ。

今の済生館(市立病院)は大きなビルになっています。
古い建物は危うく取り壊されかけましたが、市民の反対運動で保存されて、
お城に移転したわけです。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14440360.jpg
その一角にある、イザベラ・バードの記念碑です。
イギリス人の女性旅行家で、明治初期に山形に来ました。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14441628.jpg
イザベラ・バードが訪れた当時の山形の様子。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14442877.jpg
今の七日町はこんな感じですが、
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14455918.jpg
風情のある御殿堰が整備されていました。
江戸時代の様子を再現したものでしょう。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14460916.jpg
近くの十一屋レストラン kitöneで、暑い中やっと一息ついて、
こちらは私の野菜カレー、中2の孫はオムライスです。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14461651.jpg
最後の目的地は旧山形県庁の文翔館です。
明治時代の建物がそのまま残っています。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14463305.jpg
3階のバルコニーです。石張りの外壁が美しい。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14463857.jpg
正庁とよばれるメインルーム。
修復作業で飾り漆喰が復元されています。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14471308.jpg
中庭に面した外壁はレンガ造りで、趣が異なります。
洒落た時計塔が屋根の上に!
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14465171.jpg
別の角度から撮りました。
山形城と旧済生館と文翔館を巡る_f0100593_14465968.jpg
明治時代以降の山形の歴史や、建物復元の様子など、説明板もしっかり見て、
閉館の4時半まで、内部をゆっくり見学していました。
孫の中学生の談では、山形城よりもこちらのほうが面白かったそうで、
気に入ってくれてよかったのです。

次回は最終日、白石城の巻。こちらは天守が残っています。

by ciao66 | 2025-07-24 13:56 | 東北あちこち | Comments(4)
Commented by milletti_naoko at 2025-07-24 23:05
山形にも門構えからしてこんなにりっぱなお城があったのですね。
歴史のお話、とても興味深いです。それにしても将軍と同じ名前だからと
変えることを余儀なくされるとは。
明治時代にこんなにりっぱな洋館がこの地に建てられたということにも
驚いています。
Commented by ciao66 at 2025-07-25 14:49
山形城は最近になって本丸の発掘や建物の復元が進んだのです。
そのおかげで、昔の姿をイメージできるようになりました。

ところで「よしあき」と読む人は多数あって、混乱しそうです。
足利「義明」は将軍とは別の人で、最後の15代将軍=足利「義昭」
(本文を修正しました)
将軍足利義輝より「義」の字を賜ったという話もあり、ますます混乱・・・
Commented by tawrajyennu at 2025-07-26 05:16
おはようございます。
中学生のお孫さんとの2人旅、良いですね~
中二というと、大人が煙たくなってくる子もいますけど
ciao66さんとは、とても良い関係なのがうかがえます。
山形は、蔵王しか行ったことがないので、お城があったと
初めて知りました。
イザベラ・バードも訪れているんですね。
彼女の日本紀行を読みたいと思いながら、すっかり忘れていましたが
ciao66さんの投稿で思いだしました。
探して読んでみようと思います。
Commented by ciao66 at 2025-07-27 09:53
おはようございます!
孫との二人旅はいつまで続くかわかりませんが、
こういう機会が有るのは有難いことです。
イザベラ・バードは以前に講談社学術文庫で読んだことが有りますが、
まだ江戸時代の雰囲気の残った明治初期が新鮮な目でとらえられていて、
とても面白いものでした。
文庫に収録されていないパートもあるので、
機会を見つけて日本奥地紀行の完訳版も読めたらいいなと・・・
名前
URL
削除用パスワード
<< 白石城と武家屋敷を見る 仙台市戦災復興記念館に行ってき... >>