<< 3. 明治・大正・昭和の建物が... 1. 富士山を眺める日本平と久... >>

2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る

 旅の2日目は駿府城にやってきました。駿府とは江戸時代のいい方で、駿河府中の短縮形だったようです。
 明治になってからは静岡ですが、駿府の名前では旧幕府のイメージが強かったのでしょう、市内の賤機山(しずはたやま)にちなんで、駿府から静岡に改称されたのだそうです。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14514563.jpg
お城には内堀しか残っていないところが多い中で、今も三重の堀が残るというのは数少ないでしょう。
こちらは駿府城の外堀にあたる三の丸堀です。右手に見える建物は静岡市役所です。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14505939.jpg
三の丸の中には静岡県庁が有って、そこを通ってさらに進むと、
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14510505.jpg
二ノ丸堀(中堀)が見えてきました。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14511100.jpg
弥次さん喜多さんの銅像です。『東海道中膝栗毛』そのままですね!
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14511746.jpg
巽櫓がお堀の南東角に建っています。その奥が東御門で、
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14512644.jpg
東御門橋を渡って今から入城しましょう。
駿府城は徳川家康が大御所となって隠居した際に使われた城です。大御所の城にふさわしく、築城に際して「天下普請」として全国の大名が助役を命じられ、城郭史上最大の天守台が築かれました。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14513195.jpg
正面から撮りました。ピシッと決まっていますね。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14513945.jpg
冒頭の写真です。見上げるように撮ってみると迫力満点です。
入ってみると桝形になっていて、四方から囲まれます。逃げ場なしでしょう。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14514563.jpg
桝形を通り抜けて後ろを振り返ると、この門の厚さ(奥行)は凄い!1996年に復元されました。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14520188.jpg
いよいよ二ノ丸に入りました。
城内が陸軍の用地になって、明治29年に埋められたものが、復元された本丸堀(内堀)です。石垣が少ししか残っておらず迫力が有りませんが、石垣も復元され、堀も伸びればイメージしやすいことでしょう。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_15053598.jpg
早々桜が咲いていました!今年初めて見る桜♪
橋は二ノ丸堀と三の丸堀をつなぐ水路に架かっています。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14521113.jpg
橋を渡ると、紅葉山庭園です。もとは二の丸御殿が有ったところ。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14522234.jpg
これはお茶畑と富士山でしょう!
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14523108.jpg
富士山に登頂?そこからの眺めです。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14523721.jpg
二列並んだ滝も有って、
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14525152.jpg
明るい雰囲気は駿河の国らしさを感じるようなお庭でした。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14524294.jpg
鷹を持った人物は晩年の大御所となった徳川家康です。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14540502.jpg
家康が植えたというミカンの木が残っていました!
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_15491948.jpg
駿府城天守台発掘調査現場にやってきました。石垣が残っています。城郭史上最大の天守台だったそうです。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14542099.jpg
天守閣そのものではなく天守台(石垣を含む天守の土台部分です!)が日本で一番大きかった。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14542740.jpg
場内を一周して、始めに入城した東御門に戻りました。
門の中に入場できるのです!
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14543707.jpg
東御門の中から桝形を見ます。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_15535879.jpg
更に廊下を進むと・・・
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14551430.jpg
こんな感じだったのでしょう。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_15545474.jpg
四方から囲んでいます。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_15544079.jpg
東御門と廊下で繋がっている巽櫓に来ると・・・
「竹千代手習いの間」というのが有りました!
家康の幼名は竹千代、8歳の時に人質として、今川義元支配下の駿府に来たのですが、
太原雪斎から教えを受けたとされる、臨済寺の部屋を復元したものです。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14552852.jpg
詳しい説明版はこちら。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14553470.jpg
二ノ丸堀に戻り、先ほどまでそこにいた巽櫓を振り返りました。
これにて駿府城の見学は終了し、
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14560629.jpg
新幹線に乗って小田原を目指します。
富士川から見えたのは雲に隠れた富士山です。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14562635.jpg
小田原駅に到着し、30分ほどバスで移動して、箱根富士屋ホテルへ。
2. 三重の堀が今も残り、復元の進んだ駿府城を巡る_f0100593_14563553.jpg
次回に続く。

by ciao66 | 2022-03-06 17:12 | 中部地方 | Comments(4)
Commented by photo510ひろし at 2022-03-06 18:16
東御門、きれいに再建されていて立派ですね。
お茶畑とミニ富士山頂からの眺めも全体の雰囲気がわかって良かったです。
おもしろいと思ったのは、竹千代時代の勉強部屋で人質といっても立派な待遇かなと感じました。
Commented by ciao66 at 2022-03-06 19:48
流石に大御所のお城だったんだ、とここを訪問して良く判りました。
お庭もあると楽しめますし、発掘現場を公開しているのもいいねと思ったのです。家康は人質で苦労はしたでしょうが家庭教師役は僧侶、軍師という二面を持っていた人物なので、帝王教育にはピッタリの人物だったのでしょうね。
Commented by milletti_naoko at 2022-03-07 03:25
東海道中膝栗毛の二人の像が、こんなふうに実際に物語の一場面であるように生き生きと再現されているのがいいですね。幼いときに人質として過ごさなければならなかった城に、年老いてから住んでみたいというのもおもしろいですね。そのかつての部屋も今では観光名所の一つなんですね!

さすが静岡、庭に見立てた富士山とお茶畑を配するとは。
Commented by ciao66 at 2022-03-07 15:43
東海道中膝栗毛は子供のころに漫画で?面白おかしく読んだ記憶が有ります。現代文で書かれている「村松友視の東海道中膝栗毛」というのを発見しましたので、読んでみようかと思いました。

今川氏の人質だった家康が、今川氏を滅ぼして2度目に駿府に入り、江戸幕府で2代目に引き継いだ後、大御所として3度目に駿府に戻ってくるという経緯が有るので、非常に縁の深いところだったのでしょう。今となっては考えにくいことですが、江戸時代の駿府は江戸・京・大坂に次ぐ大きな都市だったそうです。
名前
URL
削除用パスワード
<< 3. 明治・大正・昭和の建物が... 1. 富士山を眺める日本平と久... >>