立派な騎馬像ですが、馬上の人物は佐久間象山で、

鳥居をくぐって進むと、

広い境内には見るべきものが満載です。

地球儀を持った佐久間象山です。
佐久間象山は、幕末に活躍した松代藩士で、開国と海防の重要性をいち早く主張して、
砲術やオランダ語を学び、科学実験を行うなど多彩な能力を発揮しました。

佐久間象山は幕末の先覚者でした。象山の弟子たちの胸像が並んでいます。

勝海舟も弟子でした。

坂本龍馬も弟子でした。

拝殿です。お参りして、社務所にお願いすれば・・・

鍵のかかっている
高義亭という建物を開けて貰えます。この建物は・・・

佐久間象山が幕末の志士たちと会談したところです。
当時、象山は弟子の吉田松陰が密航未遂事件を起こし、連座して国元蟄居の処分を受けていました。

2階に上がってみると、

この部屋が会談の場所でした。

風通しが良さそうな家です。

蟄居中の象山を訪ねて来たのは、写真にある・・・

長州の高杉晋作と久坂玄瑞、土佐の中岡慎太郎など、幕末の志士でした。
わざわざ象山の意見を聞きに来たのでしょう。

神社の敷地の中には、
佐久間象山の生誕地とゆかりの茶室が有ります。

最後は、公式合体開国を説くために幕命で上京し、その際に攘夷派に暗殺されました。
京都三条木屋町で象山が滞在した屋敷の茶室、煙雨亭が移築されています。

煙雨亭の説明版です。

こちらは象山の生誕地です。屋敷の敷地だけが残されています。

門と塀はちゃんと残っていました。城下町らしい景色ですね。

先ほどの
高義亭には会談場所だったということ以外にも、興味深いものが有りました。

日本電信発祥の地「鐘楼」で電信実験を行う象山の絵馬です。
象山は鐘楼に居るのでしょう。少し離れたところと交信します。

鐘楼と電線で繋がれた家から、文字を送信し、向こうに伝えました。
鐘楼側の電信機の円盤には、瞬時に同じ文字が矢印で表示されます。
これを繰り返して文字通信を行ったのです。

その説明版です。

今も残る鐘楼です。
象山はここから電線を引っ張って通信しました。

近くにある
象山記念館は火曜日はお休みで、翌日に訪問して、
象山が自作した写真機、通信実験した電信機、自作の迅発撃銃(元込銃)、
硝子(乳鉢)、水準器、電気治療器、地震予知器等々、妙味深かったのですが、
写真は禁止でしたので、webで見つけた、
こちらをご覧ください。
以下は旅の前に読んだ本です。
『お順』(諸田玲子)象山の妻は勝海舟の妹でした。妻から見た象山や、妹から見た海舟の姿もなかなか興味深い。人柄が良く判る一冊。お順がコレラにかかった時に象山自作の電気治療器で快方に向かったそうです。
『小説佐久間象山』(大平栄一郎)象山の評伝は意外に少ないが、これは小説版ということも有り、読みやすく、何をした人物か、時代背景や人柄も含めて、象山への理解が進む一冊でした。
おまけ・・・佐久間象山の読み方は・・・
さくましょうざん これが一般的でしょう。
さくまぞうざん 地元ではもっぱらこう呼ばれています。そばに象山という山が有るのです。
本人がどう読んだのか定説は無く、wikipediaでは両方が併記されています。
次回に続く。