アクロポリス博物館のカフェから眺めた景色です。
窓ガラス越しに見えるのはアクロポリスの丘。
これはなかなかいい感じです。

博物館のエントランスはこんな感じで、洒落ていて・・・

なんと建物の下には遺跡が広がっています。
古代ではなく、ローマ時代からビザンティン時代のもの。

さて、館内を見て回りましょう。
展示物はアクロポリスの丘から出てきた品々。
初めの肝心なところは撮影禁止でした。代わりに・・・
博物館のサイトの
こちらからどうぞ。
撮影オッケーなところで、まずは壺から・・・



そして、バラバラになった彫像の数々。

彩色されていたようですが、もう剥げてしまっています。
こんな風に並べられても、なかなか当時のイメージが湧きません。

博物館自体は新しく立派で、明るい、素晴らしいもの。
観覧する動線も良く、回りやすいのです。

でも何かここには足らないのです。足らないものは・・・
拙ブログのイギリス旅行記
「
大英博物館のギリシャ・エジプトのコーナーで考える 」の巻から
要約・抜粋しましょう。
パルテノン遺跡の貴重品「エルギン・マーブル」は大英博物館に有ります。
なぜ、ギリシャにあるべきものが大英博物館に有るのでしょうか?
これらは、19世紀前半、
パルテノン神殿から引きはがしてイギリスに持って行ったものです。
そのままにしておけば良かった、と思うのですが。
元々は、彩色されていたのに時代を経て、それはかなり剥がれていので、
美しくないという理由で、少し残っていた彩色はすべて剥がされて、真っ白にされた。
マーブル=白=美しいという発想で、「美しく」見せるために。
その結果、当時の色を知る痕跡が失われてしまい、どんな色だったか再現しようとしても、さっぱり分からなくなったのです。
文化財は、メチャクチャになってしまった。美しくありません。
それがコレ↓です。 (パルテノン神殿の破風彫刻@大英博物館)
ギリシャ政府は、これらのイギリスに持ち去られたものは、
ギリシャに返してほしいと、要求しています。
イギリスは合法的に取得したものなので、返さないと・・・
ギリシャでは、ちゃんと保管できないのではないかと・・・
マーブルを削ったのは失敗だったが、それは昔の話で、
ここほど保管にふさわしい場所は無いと・・・
イギリスにも言い分はあることはあるのでしょう。
これは合法取得と。
当時、ギリシャは当時オスマントルコの支配下に有り、
イギリスはオスマントルコから正式に許可を得てもって帰ったと。
まだ解決していません。
すべて元の場所に帰るのはいつの日でしょう? 新しいアクロポリス博物館の建物がほぼ完成した2007年、
ギリシャ政府は
「新博物館が
エルギン・マーブル返還運動の一助となることを望む」
という声明を発表しています。
@@@@@@@@@@@@@@@@次回は夕刻の遺跡散歩「ローマン・アゴラ」の巻です。