時刻は午後1時30分、アクロポリス
Ακρόπολη の丘の直下に来ました。
見上げると大迫力で列柱が並んでいます。
でも、これらは有名なパルテノン神殿ではなく、その入り口にある前門です。

それにしても暑い・・・・日陰は一切なく、照り返しが強いのです。
日傘をさしている人もいます。私も日傘兼用の傘をさしました。サングラスも、帽子もして・・・

この下をくぐって・・・抜けると

パルテノン神殿が見えてきました。 Ναός του Παρθενώνα
アテネの街の守護神、アテナ
Αθηνά にささげられた神殿です。
アテナは全知全能の神、ゼウス Ζεύς, の娘で、ゼウスの頭から生まれたという不思議な神様で、知恵と戦いの神です。

ギリシャ神話ではヘラクレスなどの英雄たちはアテナの応援を得て大活躍します。
神殿が壊れたのは、戦争による砲撃です。1687年9月26日、当時ここはオスマン帝国の占領下に有り、神殿はなんとモスクになっていました。それがヴェネツィア軍の砲撃で、内部構造は全滅、屋根も無くなりました。それでも、世界遺産なのはヨーロッパ文明の源流がここにあると考えられているからかもしれません。

アクロポリスの丘はアテネ中を見渡せる、眺めのいいところです。
ギリシャ国旗がはためく下は要塞だったところでしょう。

アクロポリスからの眺めです。
これから行こうとするところが、ここからよく見えました。
まずは北方向、足元はローマン・アゴラ、遠景はオモニア広場の方向でしょう。

続いて北東方向。手前は朝方散歩した丘のふもとプラカ地区、
遠景の山はリカヴィトスの丘です。

南東方向です。画面中央右側のある大きな四角い区画は、ゼウス神殿のあるところ。
その左手から広がる緑は国会議事堂裏にある国立庭園でしょう。

南方向です。手前はディオニソス劇場の遺跡、
中央右手の大きな建物は新アクロポリス博物館です。

南西方向です。遠景はフィロパポスの丘。そこから砲撃されました。
ズームアップして見ると・・・

丘の向こうに海が見えます。
海の手前側はアテネの外港のピレウスで、海の向こうはたぶんエギナ島でしょう。

周りには神殿の柱を飾っていた石がごろごろしております。
眺めは堪能したので、そろそろ降ります。

オスマン帝国時代には弾薬庫にも使われていた神殿は、砲撃されて大爆発してしまい、
今では昔の姿を想像力で補うにはちょっと困難な状態ですが、
神殿は列柱だけで中はがらんどうだったという訳ではなく、
紀元前4〜5世紀のものという神殿内部には
ちゃんと壁や屋根もあったわけです。
そして、当時は神殿の大理石は彩色されていたというので、
ますます昔のイメージが掴みにくいのです。
祀られていたアテナ神はどんなだったでしょう?
グーグルで検索してみたところ、

槍と盾を持っています。
後世の人が考えたイメージも混じっていると思われます。
アテナではありませんが、当時の彩色された彫像のイメージはこんな感じでは、
というのは
新アクロポリス博物館のサイト中の
color the peplos koreというページで見つけました。
彩色はご自由にどうぞ、というので色は私が付けて見ました。

ちょっとはイメージが膨らんだでしょうか??
パルテノン神殿の想像図を検索してみました。
古代のアクロポリス想像図とパルテノン神殿の内部とアテナ女神像パルテノン神殿の彩色装飾これらで、古代の色と形がイメージできるかもしれません。
来るときの途中から見えた円形劇場です。

丘の中腹まで降りてきました。ここまで日陰は一切ありませんでしたが、
やっとここでオリーブの木蔭を発見、やれやれと一服します。

見上げると先ほどまでいたアクロポリスの丘が迫ります。

降り口は、南西側入口とは別の、アクロポリスの南東側(正門?)の方に向かっています。
途中で、この暑いのにどこへ行こうというのか?のそのそ歩くカメを発見!

次回は、神殿に有った遺物が格納されている、新アクロポリス博物館の巻です。
神殿の遺物の中には、イギリスによってギリシャから持ち去られて、
大英博物館に展示されているものも有り、その辺のいきさつも・・・