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第36話:エディット・ピアフゆかりの地、ベルヴィル散歩@パリ20区

(2010年4月12日その3)
 エディット・ピアフ(Édith Piaf)はパリ20区ベルヴィル通り72番地で生まれました。
彼女はあの「ばら色の人生」や 「愛の賛歌」を歌ったシャンソン歌手で、
パリの交通が完全にストップしたのはピアフの葬儀の時だけだった、と言われる伝説の人です。
 写真は、メトロ2号線クロンヌCouronnesから道の向こうにベルヴィル公園の丘を望んだところです。
午後5時30分、まだ陽は高く2時間半は散歩できそう。
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Couronnes駅の入口はアートな模様、出てくる人はみんなジーンズ姿。20区は庶民的な区で、
中華料理のお店(前の写真)が見えるようにここは、さまざまな民族が住む街です。
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3分後ベルヴィル公園(Parc de Belleville)到着。
近所のフランス人お父さんが三輪車の子供たちを連れて来ているのは、
どこの国も同じだなと、微笑ましい感じです。
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公園には素敵な花が一杯。
ここは斜面を利用して造られていますので、上に行けば眺めがいいはず。
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だんだん坂道を登り下を見下ろす。赤い花の木は何だったのでしょう。
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頂上に到着♪パリの東のはずれの公園から、パリ中が見渡せます。
左に振ると遠くにエッフェル塔まで見えましたが、うまく撮れません。逆光の少し傾いた太陽だったのです。
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公園を出て、Rue Piat(ピア通り)を下ります。
何気ないパリの下町・・・でも地形的には丘の上なのですが。
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午後6時。下り坂を歩いていくとにぎやかな場所に差し掛かりました。
右に曲がるとベルヴィル通りに出ます。
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ベルヴィル通り72番地に到着。ここがエディット・ピアフの生まれた場所です。
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72番地とピアフのプレート。
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Sur les marches de cett maisonと有りますので、1915年に、この建物のお店で生まれたようです。
grand denuement・・・とても貧乏だった。(母親はカフェのシンガーで父は大道芸人)
dont la voix,plus tard ,devait boulevesser le monde
・・・・のちにピアフの歌声が世界を揺るがせた。(大体そんな意味でしょう。違っていればお教えください。)
ピアフの歌声とその姿♪♪♪♪
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波乱万丈の生涯はここの建物から始まり、ストリート・シンガーもした後、世界的に有名な歌手になります。
プロボクサーと大恋愛ののち、彼の飛行機事故死というアクシデントに見舞われ、事故の知らせに遭遇しながらも「愛の賛歌」を歌う、という伝記映画『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』も、感動的でした。
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メトロのピレネー駅到着。
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これから、サン・マルタン運河に向かいます。(次回に続く)
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by ciao66 | 2010-08-07 11:52 | フランス紀行2010 | Comments(6)
Commented by はなみずき at 2010-08-07 12:54
エディット・ピアフの歌声を聞かせてもらいました。
シャンソンが部屋中に流れ、しばし暑さを忘れました。
 先月は、シャンソンの大御所、石井好子さんの訃報を聞き
とても残念に思っていましたが、シャンソンに接する良い
機会をつくっていただき感謝です。

 素晴らしい絵画も見せていただき、シャンソンも・・・
幸せです。
Commented by ciao66 at 2010-08-07 15:24
ベルヴィル通りのエディット・ピアフの生家を訪ねることができたのは感慨深いものでした。
ベルヴィルの名前はbelle vue (文字通りには「美しい眺め」)に由来していて、
「丘の上の下町」というパリ独特の雰囲気の場所で、昔のピアフのころの雰囲気も界隈に残っているような感じがしました。
ピアフの歌声、何度聞いても素晴らしいと思います。

日本の「パリ祭」は亡くなられた石井好子さんが始めたそうですね。
(7月14日はフランスの革命記念日ですが、日本ではその日を『パリ祭』と呼んでいます。http://www.paris-sai.com/parisaitowa.html )
そんな石井さんがパリ祭の3日後、7月17日にお亡くなりになったとは、偶然とは思えない感じがします。
Commented by ciaomami at 2010-08-07 21:50
愛の賛歌は知っていてもエディット・ピアフさんの事は知りませんでした
著名な人の生家はゆかりの品とか飾っていて博物館のようになっていたりするのですが
この方の家は博物館の入口のようには見えないので、今は誰か違う人が住んでいるのでしょうか?
「丘の上の下町」って写真からも伝わりますね・・・ちょっと危険な香りがします
あの人はこんな景色をみて育ったのか・・・とか生い立ちを想像したりするのは楽しいですね^^
Commented by ciao66 at 2010-08-08 07:46
ピアフの博物館は別の場所に有るようですが、そちらには行きませんでした。
ここは所在を示すプレートが有るのみ、でも建物は昔のままと思われます。
「危険な香り」というのは聖地に貼ってあった張り紙がそのような感じを出しているかもしれません。
でも、張り紙は何故かここだけでしたし、周りも別に危険な場所では無さそうでした。
ピアフは1963年で亡くなった以降、今もCDは売れ続け、新たなファンが増えているようです。
Commented by 変愚院 at 2010-08-08 16:44
美しい公園とエディット・ピアフの生家。ガイドブックでは見られない貴重な光景を見せて頂きました。
彼女の人生そのものといわれる、切々と語りかけるようなバラードは
私も大好きで、ときどき思い出したようにCDを聞いています。
確か、友人のジャン・コクトーと同じ日に亡くなったのでしたね。
今も新たなファンが増え続けているのは国民的な大歌手である証しで凄いことだと思います。
Commented by ciao66 at 2010-08-08 18:15
ピアフの伝記映画を見ていたので、ぜひ行ってみたいと思っていたのです。
庶民から愛され、熱情のこもった、声量たっぷりの、美しい声・・・
彼女のpassionと庶民性、病を押しての創作意欲はゴッホに共通している感も有り、
今も新たなファンが増え続けているのは、あのビートルズに似ていますね。
そして、『バラ色の人生』と『愛の讃歌』がピアフ自身の作詞と知ると、改めてすごい方だ、いう感じがします。
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