14. ウィーンからザルツブルクに移動し、泊まったホテルは・・・

 ザルツブルクの河畔の散歩道です。ここはモーツアルトの故郷ですが、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台にもなった所です。観光の合間にロケ地巡りもして、近くの山にも行ったりして、3泊4日を過ごします。

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 時刻は朝9時に戻って、ウィーン西駅です。私鉄のウェストバーンはここが始発駅。オーストリア国鉄に比べて、時間はさほど変わらず、グンとお安いのはこちらで、ウィーンの始発駅は違いますが、同じ路線を走っています。
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乗り込みました。前日にネットで買ったのはたったの€18、予約したスマホの画面がそのまま切符になる、というのは初体験でした。
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ウィーンを出発して、しばらくすると街を抜けて、
トンネルを通ったあと、緑の草原を快走します。
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美しい小さな街が現れ、
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緑の草原が続いたりして、
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3時間ほど列車は快走、
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12時過ぎにザルツブルク駅に到着しました。
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駅でポールの有るトロリーバスに乗り換え、旧市街に向かいます。
(連接式の長いバスなので、後ろの方は写っていません)
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マカルト広場でバスを降りて、正面に見える教会はDreifaltigkeitskirche(三位一体教会)ですが・・・
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この建物の一部が教会が運営するホテルになっています。
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巨大な木製のドアを開けると、「ゲストハウス・イン・プリースターゼミナール
(Gastehaus im Priesterseminar Salzburg )のフロントです。
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12時半ころチェックインしました。
美しい回廊を通って、
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階段わきに設置された現代的なエレベータを上がり、
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2階の回廊を行くと、教会の建物らしい雰囲気で、回廊が有るのは修道院という感じもします。
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回廊の窓からは、間近に三位一体教会のドームも見えます。
見えている渡り廊下を通り・・・
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お部屋に到着しました。
ツインルームですが、広めのお部屋で、
一人旅にしてはちょっと贅沢なスペースです。
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天井も高く、大きな窓が2つ。
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こんな眺めでした。(右手側が正面のマカルト広場)
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建物内にある三位一体教会に入ってみました。
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ドームを下から見上げます。
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祭壇です。
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 少し落ち着いた後、ザルツブルクカード72時間用をフロントで手に入れて、街歩きに出かけることにしました。
マカルト広場のバス停から三位一体教会の方向を振り返ります。
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ここは音楽の街らしく、橋のたもとにハープ弾きがいました。
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ザルツァッハ川に架かる橋を渡って旧市街に向かいます。
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マカルト橋の上から振り返ったところです。
正面の建物は有名な指揮者カラヤンの生家で、
モーツアルトの街にのちに生まれた、もう一人の音楽の有名人がいました。
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もう午後2時、お昼ご飯は簡単にしようと、
見つけたのはちょっとおしゃれなケバブ屋です。
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いよいよ街中にやってきました。ゲトライデ通りはモーツアルトの生家の場所ですが、それは後で見ることにして、まずは大聖堂の方に向かいます。
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大聖堂に近づくにつれて人通りが多くなり大混雑・・・
そのわけは、この日はザルツブルクのお祭りなのでした。
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ヨーデルの出し物が有ったり、露天がいっぱい出ていたりで、楽しそうな雰囲気ですが・・・
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歩くのも大変な状態で大聖堂前の広場に到着しました。
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次回は、ザルツブルク大聖堂とホーエン・ザルツブルク城塞を見て、
黄昏のザンクト・ペーター教会に行く 、の巻です。


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# by ciao66 | 2017-11-02 16:00 | オーストリア2017 | Comments(6)

13. 美術史博物館に行き、アン・デア・ウィーン劇場で『魔笛』を見る。


午後3時頃、ウィーンでの必須ポイント、美術史博物館に来ました。
宮殿のように華麗なエントランスの階段を上がって、
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天井画を見上げます。
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何しろ巨大な美術館です。見たいものに絞って、
ブリューゲルをじっくり見ることにします。

ブリューゲル「農民の踊り」1568年
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ブリューゲル「農民の婚宴」1568年
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作品名が判りません・・・?でもブリューゲルでしょう。
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ブリューゲル「謝肉祭と四旬節の喧嘩」1559年
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人間の愚かさを風刺していても、対象への深い愛情、そして観察眼の鋭さが有り、
どの絵も思わず引き込まれます。

ブリューゲルではこれが一番有名でしょう。
「バベルの塔」1563年
構図もすごいし、アリのように見える人々まで微細に描きこんでいます。
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これは見たことのない絵でした。
ブリューゲル「十字架を担うキリスト」 1564年
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ブリューゲルの中では、これも有名でしょう。「雪中の狩人」1565年
フランドルの風景を描いたのでしょうが、物語が感じられる作品です。
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この部屋すべてがブリューゲルの作品という、とても贅沢なところ。
ゆったりしたソファも有り、人もそれほど多くはなく、
絵を見る環境もまた贅沢なものでした。
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その他の印象的な作品も二つほど・・・

Jan Massys(=ブリューゲルと同時代人)作 
"Merry Company" 1564年
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絵の中に絵が有って、更に一つ一つの絵が驚異的に細かく描かれ、感嘆しました。
「レオポルト・ ウィルヘルム大公の画廊」1651年 ダフィット・テニールス作
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午後3時過ぎ、美術史博物館と自然史博物館の間にある、
マリア・テレジアの銅像をあとに、カールス広場へトラムで移動します。
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カールス広場の東端にある「ウィーンミュージアム・カールスプラッツ」です。
昔は歴史博物館だったところですが・・・
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歴史絵画がやはり有って、庶民の姿を描いた作品や、
街の歴史を見るのに相応しい作品が展示されています。
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産業革命の時代?いつ頃の作品でしょうか。
こういうのは美術史博物館にはあまり無さそう。
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カーレンベルクの丘からの風景画です。
ノスタルジーな時代の物でしょう。
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ウィーン運河の昔の様子です。
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ウィーンの街の立体模型です。
手前は市立公園。中央やや奥にシュテファン大聖堂。
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クリムトの作品がここにも有りました。
「エミーリエ・フレーゲの肖像」
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ウィーンミュージアム・カールスプラッツのお隣にあるカール教会です。
建てたのはカール6世(=マリア・テレジアの父)で、
ペスト流行の平癒を祈願したところだそうです。
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カールス広場を西の方にさらに歩いていくと、
右手奥に小さな青屋根のパビリオンが有って、
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オットー・ヴァーグナーの作品で、実際に使われた地下鉄の駅という。
いかにもウィーンらしい香りのする建物です。
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これでウィーンの3日間で見るところはほぼ終了して、
アン・デア・ウィーン劇場のそばに来ました。

見えているナッシュマルクトという市場で簡単な夕食にしましたが、観光客向けと思われるお店で今ひとつでした。たまにはこういうことも有ります。
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アン・デア・ウィーン劇場の横手に今は使われていない玄関が有り、
その横にはウィーンの歴史的建物の旗が4本立っています。
右手の庇部分を拡大して見ましょう。
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モーツアルトのオペラ『魔笛』の主人公、鳥刺しパパゲーノの像です。
天使たちも周りにいて、鳥かごが有り、笛を吹いています。
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『魔笛』の台本を作ったのはシカネーダーですが、ここは彼が設立した劇場です。
『魔笛』ゆかりの劇場で、この日の演目は偶然にも『魔笛』!
旅に出る前に、劇場のサイトを調べて「これだっ」とばかりに切符を手配。

当日のポスターです。
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劇場内のカフェは、ちょっと飛んだような、変わった雰囲気でした。
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オーダーしたのは、アプフェルシュトゥルーデル(リンゴのケーキ)と
メランジュという名前のミルク入りのコーヒー。
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入場しました。
造りはオペラ座に似ていても、少し気楽で庶民的な雰囲気。
天井桟敷の席は€25とお安かったのです。
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見下ろすとこんな感じで、オペラグラスさえあれば大丈夫でした。
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ネットからお借りしました。
この日の『魔笛』はこんなイメージの、ちょっと現代的な演出でしたが、
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「夜の女王」のアリアは素晴らしい出来でしたので感嘆して聞き入り、
パパゲーノとパパゲーナ(相手役)はユーモラスな演技だったので、
とても楽しめるオペラでした。

ホテルに帰ったのは夜の10時頃です。

次回はモーツアルトの故郷、ザルツブルクに移動します。


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# by ciao66 | 2017-10-30 07:09 | オーストリア2017 | Comments(2)

12. モーツァルトの家に行き、ドイツ騎士団教会の界隈を歩く

中世の雰囲気が少し残ったウィーンのブルート小路Brutgasseです。
このすぐ近くにモーツアルトが住んでいました。
ここを振りかえれば、
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グレーの建物が有って、そこがモーツァルトの家でしたが、
今は「モーツァルトハウス・ウィーン」という博物館になっています。
ここはDomgasse5(ドーム小路5番地)というところで、
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シュテファン大聖堂のすぐそばというウィーンの一等地です。
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ここから入ってみましょう。
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博物館内は撮影禁止ですが、窓から外側はオッケーですよというわけで、
窓から見えているブルート小路側を撮りました。
この眺めをモーツァルトも見たことでしょう。
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建物の真ん中は中庭で、屋外の廊下がぐるっと回っています。
ここをモーツァルトが歩いたことでしょう。
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下を覗きます。
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中の様子を思い出そうとしても記録が残っていません。
ちょっとグーグルの助けを借りて、見つけた2枚ほどを掲載して見ましょう。

館内はこんな感じでした。
昔のウィーンの様子や、モーツァルトの生涯のこと、作品のことなどあれこれ。
3・4階はそういう展示物を音楽を楽しみながら見学ができます。
(彼の生涯を判りやすく纏めたのはこちら
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モーツアルトの本当の家だった部分は建物の2階でした。
書斎や召使の部屋なども有って、
ここはビリヤード台が置いてある部屋です。(右手壁いっぱいに有るのは再現写真)
モーツァルトはビリヤードが好きだったそうです。
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ここにモーツァルトが住んでいたのは、ウィーンに定住してから3年目のこと、
1784年~1787年の3年間でした。亡くなったのは1791年です。35歳でした。

グーグルマップの写真で位置を確認しましょう。
右上の赤いマーク下(赤屋根)が「モーツァルトハウス・ウィーン」。
左上はシュテファン大聖堂です。
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次のお話の展開で出てきますが・・
シュテファン大聖堂の右下(画面中央)の大きな赤屋根の建物が有り、
その左下には青い塔が有ります。
モーツアルトゆかりの「ドイツ騎士団の館」です。

モーツァルトハウスの見学に1時間半掛かり、もうお昼過ぎの12時50分。
ランチはブルート小路沿いに見つけたお店にしました。
(路地の突き当りはモーツァルトハウス、左手の建物はドイツ騎士団の館)
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入りました。アールの天井が素敵なお店です。
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Shamaeleonというお店。
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ウィーン風スープというのを注文。
美味しそうには写っていませんが、具も多くて、お味も良かったのです。
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お店を出て、ドイツ騎士団教会の入り口を探します。
角を曲がったジンガー通り側でしょう。
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路地の脇に有った騎士団のマーク?です。
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ドイツ騎士団の館の中庭ですが、なかなか巨大な建物で、
さらに、これとは別のもう一つの中庭が有るのでした。
(先ほどのグーグルマップの写真を見てください。)
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1781年、当時25歳のモーツァルトはこの館に滞在しました。
そして、ここで当時の雇い主だったザルツブルグ大司教のコロレド伯と決別し、
宮仕えを脱して、ウィーンで音楽家として独立する決意をしました。

中庭には向こうのジンガー通りから入ります。
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ジンガー通りからのドイツ騎士団の館の眺め。
教会の塔が見えます。
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左手の入り口を入りましょう。
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入口のドア。
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ドイツ騎士団教会の堂内です。
高い天井の素敵な空間でした。
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丸いのが並んでいますが、騎士たちの紋章です。
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ドイツ騎士団の館にあるもうひとつの中庭。
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「ドイツ騎士団」という名前ですが、正確には「ドイツ騎士修道会」なのだそうです。
騎士を兼ねた修道士の会。
そしてモーツアルトのころは、オーストリアもドイツの一部でした。

あまり知られていないところですが、ここは意外な穴場でした。

ジンガー通りを東に進みます。
立派な建物はノイパウアー・ブロイナー宮殿。
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次の角に見えてきたのは、グレーと白の変わった雰囲気の建物ですが、
○○が十字に並んでいるので、教会関係かと思われるデザインです。
ここを右に曲がりましょう。
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やはり教会の建物の一部だったようで、
ここはフランツィスカーナー教会の入り口です。

結婚式がちょうど終わったばかりで、
扉の前の人達はその参列者かと思われました。
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堂内の様子です。
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教会の横のWeihburg通りを東へ、リンクに向かって行きます。
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この辺りはウィーンにしては中世の雰囲気を少し感じるような街角の散歩でした。

市立公園の前に出て、ここからリンク沿いのトラムで次の目的地へ向かいます。
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次回は、ウィーンでの最終回で

美術史博物館に行き、アン・デア・ウィーン劇場で『魔笛』を見る、の巻です。


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# by ciao66 | 2017-10-27 08:01 | オーストリア2017 | Comments(4)

11. プラーターの大観覧車に乗り、ヨハン・シュトラウスの家に行く

ここは映画「第三の男」で有名なウィーンの大観覧車。
出来たのは今から100年以上前の1897年、皇帝フランツ・ヨーゼフの治世です。
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下から見上げるとこんな感じでした。高さ65mと結構高いのです。
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眼下には、元はハプスブルク王家の狩猟場だったという、
プラーターの遊園地が広がります。
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映画「第三の男」の時代背景は第二次大戦直後のこと、
当時ウィーンは連合国4か国による「分割占領」という状態で、
映画でも、アメリカ地区やソ連地区の名前が出てきました。
ドイツがそうなった様に、オーストリアも危うく分断の可能性が有ったのです。

そんな時代は去り、今はのんびりしていますが・・
観覧車の回って戻ってくるのは15分くらい。
ゆっくり景色を楽しめます。
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北東方向に見えている遠景は、ウィーン郊外の「国連都市」です。
戦後、永世中立国になることで、何とか東の圏内に入らずに済んだオーストリアですが、
中立国ゆえに国連機関の誘致が出来たわけでしょう。
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北方向の遠景は、前日に行ったウィーンの森、カーレンベルクの展望台付近ですが、
ウィーンの森はウィーン市の郊外を半円状に囲んでいます、
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そして、こちらはウィーンの旧市街です。
シュテファン大聖堂の塔はどこからでもよく見えます。
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そろそろ、下界に戻って来ました。
メリー・ゴー・ラウンドの右隣に有るのが、次に行くところの・・・
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マダム・タッソーの蝋人形館です。ロンドンでは見に行きませんでしたが、
観覧車と同じく、ここもウィーンパスが使えます。
10時に開館と同時に入場したので、まだがら空きなのはラッキーでした。

まずはウィーンならではの音楽家たちに会いましょう。

ベートーヴェン。
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モーツァルト。
二人とも楽譜をもっています。
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シューベルトはピアノの前にいて、
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ハイドンは宮廷服でしょう。
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この人がいないと今のウィーンとは雰囲気が違っていたと思われる・・・
ヨハン・シュトラウス。タクトを振る姿が決まっています。
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これらすべてウィーンに住んでいた人で、
これだけ揃えば、やはりここは音楽の街№1でしょう。

そして、音楽家ばかりがウィーンではないよ、と言っているのが、フロイトです。
横に有るのは診察用の寝椅子でしょう。
フロイト博物館にも置いておけばいいのに・・・。
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映画の世界でも、ここではやはり音楽が欠かせません。
オーストリアのイメージにぴったり、
「サウンド・オブ・ミュージック」のジュリー・アンドリュースです。
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ほかにも、いろんなジャンルが有って、それも楽しんだのですが、
あと一人だけご紹介。

オーストリアには関係が薄そうですが、私のツボにはまりました。
会えてうれしかった、オードリー・ヘプバーンです。
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次のスポットへ行きましょう。U1に乗って一駅のネストロイプラッツで降りました。
ヨハン・シュトラウスの家は、プラーター通り54番地。家は旗のある2階部分です。
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ヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899)の肖像画。
「オーストリア第2の国歌」ともいわれる名曲「美しき青きドナウ」の作曲者です 。
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「ワルツ王」は1863年から1870年の間ここに住んでいました。
皇帝フランツ・ヨーゼフと同時代人で、亡くなったのは1899年。

室内は当時の雰囲気を感じることが出来ます。
旅の前に、シュトラウスを題材にした『グレートワルツ』という古い映画を見て行きましたので、「そうか、ここだったのか」という思いが有りました。
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愛用のバイオリンです。
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次回は、
ウィーンでは欠かせない見どころ・・・モーツァルトの家を見て、
ドイツ騎士団教会の界隈を散策します。


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# by ciao66 | 2017-10-24 17:54 | オーストリア2017 | Comments(6)