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13. 美術史博物館に行き、アン・デア・ウィーン劇場で『魔笛』を見る。


午後3時頃、ウィーンでの必須ポイント、美術史博物館に来ました。
宮殿のように華麗なエントランスの階段を上がって、
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天井画を見上げます。
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何しろ巨大な美術館です。見たいものに絞って、
ブリューゲルをじっくり見ることにします。

ブリューゲル「農民の踊り」1568年
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ブリューゲル「農民の婚宴」1568年
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作品名が判りません・・・?でもブリューゲルでしょう。
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ブリューゲル「謝肉祭と四旬節の喧嘩」1559年
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人間の愚かさを風刺していても、対象への深い愛情、そして観察眼の鋭さが有り、
どの絵も思わず引き込まれます。

ブリューゲルではこれが一番有名でしょう。
「バベルの塔」1563年
構図もすごいし、アリのように見える人々まで微細に描きこんでいます。
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これは見たことのない絵でした。
ブリューゲル「十字架を担うキリスト」 1564年
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ブリューゲルの中では、これも有名でしょう。「雪中の狩人」1565年
フランドルの風景を描いたのでしょうが、物語が感じられる作品です。
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この部屋すべてがブリューゲルの作品という、とても贅沢なところ。
ゆったりしたソファも有り、人もそれほど多くはなく、
絵を見る環境もまた贅沢なものでした。
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その他の印象的な作品も二つほど・・・

Jan Massys(=ブリューゲルと同時代人)作 
"Merry Company" 1564年
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絵の中に絵が有って、更に一つ一つの絵が驚異的に細かく描かれ、感嘆しました。
「レオポルト・ ウィルヘルム大公の画廊」1651年 ダフィット・テニールス作
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午後3時過ぎ、美術史博物館と自然史博物館の間にある、
マリア・テレジアの銅像をあとに、カールス広場へトラムで移動します。
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カールス広場の東端にある「ウィーンミュージアム・カールスプラッツ」です。
昔は歴史博物館だったところですが・・・
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歴史絵画がやはり有って、庶民の姿を描いた作品や、
街の歴史を見るのに相応しい作品が展示されています。
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産業革命の時代?いつ頃の作品でしょうか。
こういうのは美術史博物館にはあまり無さそう。
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カーレンベルクの丘からの風景画です。
ノスタルジーな時代の物でしょう。
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ウィーン運河の昔の様子です。
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ウィーンの街の立体模型です。
手前は市立公園。中央やや奥にシュテファン大聖堂。
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クリムトの作品がここにも有りました。
「エミーリエ・フレーゲの肖像」
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ウィーンミュージアム・カールスプラッツのお隣にあるカール教会です。
建てたのはカール6世(=マリア・テレジアの父)で、
ペスト流行の平癒を祈願したところだそうです。
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カールス広場を西の方にさらに歩いていくと、
右手奥に小さな青屋根のパビリオンが有って、
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オットー・ヴァーグナーの作品で、実際に使われた地下鉄の駅という。
いかにもウィーンらしい香りのする建物です。
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これでウィーンの3日間で見るところはほぼ終了して、
アン・デア・ウィーン劇場のそばに来ました。

見えているナッシュマルクトという市場で簡単な夕食にしましたが、観光客向けと思われるお店で今ひとつでした。たまにはこういうことも有ります。
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アン・デア・ウィーン劇場の横手に今は使われていない玄関が有り、
その横にはウィーンの歴史的建物の旗が4本立っています。
右手の庇部分を拡大して見ましょう。
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モーツアルトのオペラ『魔笛』の主人公、鳥刺しパパゲーノの像です。
天使たちも周りにいて、鳥かごが有り、笛を吹いています。
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『魔笛』の台本を作ったのはシカネーダーですが、ここは彼が設立した劇場です。
『魔笛』ゆかりの劇場で、この日の演目は偶然にも『魔笛』!
旅に出る前に、劇場のサイトを調べて「これだっ」とばかりに切符を手配。

当日のポスターです。
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劇場内のカフェは、ちょっと飛んだような、変わった雰囲気でした。
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オーダーしたのは、アプフェルシュトゥルーデル(リンゴのケーキ)と
メランジュという名前のミルク入りのコーヒー。
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入場しました。
造りはオペラ座に似ていても、少し気楽で庶民的な雰囲気。
天井桟敷の席は€25とお安かったのです。
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見下ろすとこんな感じで、オペラグラスさえあれば大丈夫でした。
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ネットからお借りしました。
この日の『魔笛』はこんなイメージの、ちょっと現代的な演出でしたが、
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「夜の女王」のアリアは素晴らしい出来でしたので感嘆して聞き入り、
パパゲーノとパパゲーナ(相手役)はユーモラスな演技だったので、
とても楽しめるオペラでした。

ホテルに帰ったのは夜の10時頃です。

次回はモーツアルトの故郷、ザルツブルクに移動します。


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by ciao66 | 2017-10-30 07:09 | オーストリア2017 | Comments(2)

12. モーツァルトの家に行き、ドイツ騎士団教会の界隈を歩く

中世の雰囲気が少し残ったウィーンのブルート小路Brutgasseです。
このすぐ近くにモーツアルトが住んでいました。
ここを振りかえれば、
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グレーの建物が有って、そこがモーツァルトの家でしたが、
今は「モーツァルトハウス・ウィーン」という博物館になっています。
ここはDomgasse5(ドーム小路5番地)というところで、
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シュテファン大聖堂のすぐそばというウィーンの一等地です。
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ここから入ってみましょう。
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博物館内は撮影禁止ですが、窓から外側はオッケーですよというわけで、
窓から見えているブルート小路側を撮りました。
この眺めをモーツァルトも見たことでしょう。
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建物の真ん中は中庭で、屋外の廊下がぐるっと回っています。
ここをモーツァルトが歩いたことでしょう。
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下を覗きます。
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中の様子を思い出そうとしても記録が残っていません。
ちょっとグーグルの助けを借りて、見つけた2枚ほどを掲載して見ましょう。

館内はこんな感じでした。
昔のウィーンの様子や、モーツァルトの生涯のこと、作品のことなどあれこれ。
3・4階はそういう展示物を音楽を楽しみながら見学ができます。
(彼の生涯を判りやすく纏めたのはこちら
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モーツアルトの本当の家だった部分は建物の2階でした。
書斎や召使の部屋なども有って、
ここはビリヤード台が置いてある部屋です。(右手壁いっぱいに有るのは再現写真)
モーツァルトはビリヤードが好きだったそうです。
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ここにモーツァルトが住んでいたのは、ウィーンに定住してから3年目のこと、
1784年~1787年の3年間でした。亡くなったのは1791年です。35歳でした。

グーグルマップの写真で位置を確認しましょう。
右上の赤いマーク下(赤屋根)が「モーツァルトハウス・ウィーン」。
左上はシュテファン大聖堂です。
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次のお話の展開で出てきますが・・
シュテファン大聖堂の右下(画面中央)の大きな赤屋根の建物が有り、
その左下には青い塔が有ります。
モーツアルトゆかりの「ドイツ騎士団の館」です。

モーツァルトハウスの見学に1時間半掛かり、もうお昼過ぎの12時50分。
ランチはブルート小路沿いに見つけたお店にしました。
(路地の突き当りはモーツァルトハウス、左手の建物はドイツ騎士団の館)
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入りました。アールの天井が素敵なお店です。
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Shamaeleonというお店。
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ウィーン風スープというのを注文。
美味しそうには写っていませんが、具も多くて、お味も良かったのです。
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お店を出て、ドイツ騎士団教会の入り口を探します。
角を曲がったジンガー通り側でしょう。
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路地の脇に有った騎士団のマーク?です。
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ドイツ騎士団の館の中庭ですが、なかなか巨大な建物で、
さらに、これとは別のもう一つの中庭が有るのでした。
(先ほどのグーグルマップの写真を見てください。)
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1781年、当時25歳のモーツァルトはこの館に滞在しました。
そして、ここで当時の雇い主だったザルツブルグ大司教のコロレド伯と決別し、
宮仕えを脱して、ウィーンで音楽家として独立する決意をしました。

中庭には向こうのジンガー通りから入ります。
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ジンガー通りからのドイツ騎士団の館の眺め。
教会の塔が見えます。
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左手の入り口を入りましょう。
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入口のドア。
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ドイツ騎士団教会の堂内です。
高い天井の素敵な空間でした。
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丸いのが並んでいますが、騎士たちの紋章です。
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ドイツ騎士団の館にあるもうひとつの中庭。
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「ドイツ騎士団」という名前ですが、正確には「ドイツ騎士修道会」なのだそうです。
騎士を兼ねた修道士の会。
そしてモーツアルトのころは、オーストリアもドイツの一部でした。

あまり知られていないところですが、ここは意外な穴場でした。

ジンガー通りを東に進みます。
立派な建物はノイパウアー・ブロイナー宮殿。
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次の角に見えてきたのは、グレーと白の変わった雰囲気の建物ですが、
○○が十字に並んでいるので、教会関係かと思われるデザインです。
ここを右に曲がりましょう。
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やはり教会の建物の一部だったようで、
ここはフランツィスカーナー教会の入り口です。

結婚式がちょうど終わったばかりで、
扉の前の人達はその参列者かと思われました。
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堂内の様子です。
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教会の横のWeihburg通りを東へ、リンクに向かって行きます。
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この辺りはウィーンにしては中世の雰囲気を少し感じるような街角の散歩でした。

市立公園の前に出て、ここからリンク沿いのトラムで次の目的地へ向かいます。
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次回は、ウィーンでの最終回で

美術史博物館に行き、アン・デア・ウィーン劇場で『魔笛』を見る、の巻です。


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by ciao66 | 2017-10-27 08:01 | オーストリア2017 | Comments(4)

11. プラーターの大観覧車に乗り、ヨハン・シュトラウスの家に行く

ここは映画「第三の男」で有名なウィーンの大観覧車。
出来たのは今から100年以上前の1897年、皇帝フランツ・ヨーゼフの治世です。
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下から見上げるとこんな感じでした。高さ65mと結構高いのです。
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眼下には、元はハプスブルク王家の狩猟場だったという、
プラーターの遊園地が広がります。
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映画「第三の男」の時代背景は第二次大戦直後のこと、
当時ウィーンは連合国4か国による「分割占領」という状態で、
映画でも、アメリカ地区やソ連地区の名前が出てきました。
ドイツがそうなった様に、オーストリアも危うく分断の可能性が有ったのです。

そんな時代は去り、今はのんびりしていますが・・
観覧車の回って戻ってくるのは15分くらい。
ゆっくり景色を楽しめます。
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北東方向に見えている遠景は、ウィーン郊外の「国連都市」です。
戦後、永世中立国になることで、何とか東の圏内に入らずに済んだオーストリアですが、
中立国ゆえに国連機関の誘致が出来たわけでしょう。
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北方向の遠景は、前日に行ったウィーンの森、カーレンベルクの展望台付近ですが、
ウィーンの森はウィーン市の郊外を半円状に囲んでいます、
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そして、こちらはウィーンの旧市街です。
シュテファン大聖堂の塔はどこからでもよく見えます。
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そろそろ、下界に戻って来ました。
メリー・ゴー・ラウンドの右隣に有るのが、次に行くところの・・・
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マダム・タッソーの蝋人形館です。ロンドンでは見に行きませんでしたが、
観覧車と同じく、ここもウィーンパスが使えます。
10時に開館と同時に入場したので、まだがら空きなのはラッキーでした。

まずはウィーンならではの音楽家たちに会いましょう。

ベートーヴェン。
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モーツァルト。
二人とも楽譜をもっています。
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シューベルトはピアノの前にいて、
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ハイドンは宮廷服でしょう。
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この人がいないと今のウィーンとは雰囲気が違っていたと思われる・・・
ヨハン・シュトラウス。タクトを振る姿が決まっています。
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これらすべてウィーンに住んでいた人で、
これだけ揃えば、やはりここは音楽の街№1でしょう。

そして、音楽家ばかりがウィーンではないよ、と言っているのが、フロイトです。
横に有るのは診察用の寝椅子でしょう。
フロイト博物館にも置いておけばいいのに・・・。
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映画の世界でも、ここではやはり音楽が欠かせません。
オーストリアのイメージにぴったり、
「サウンド・オブ・ミュージック」のジュリー・アンドリュースです。
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ほかにも、いろんなジャンルが有って、それも楽しんだのですが、
あと一人だけご紹介。

オーストリアには関係が薄そうですが、私のツボにはまりました。
会えてうれしかった、オードリー・ヘプバーンです。
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次のスポットへ行きましょう。U1に乗って一駅のネストロイプラッツで降りました。
ヨハン・シュトラウスの家は、プラーター通り54番地。家は旗のある2階部分です。
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ヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899)の肖像画。
「オーストリア第2の国歌」ともいわれる名曲「美しき青きドナウ」の作曲者です 。
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「ワルツ王」は1863年から1870年の間ここに住んでいました。
皇帝フランツ・ヨーゼフと同時代人で、亡くなったのは1899年。

室内は当時の雰囲気を感じることが出来ます。
旅の前に、シュトラウスを題材にした『グレートワルツ』という古い映画を見て行きましたので、「そうか、ここだったのか」という思いが有りました。
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愛用のバイオリンです。
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次回は、
ウィーンでは欠かせない見どころ・・・モーツァルトの家を見て、
ドイツ騎士団教会の界隈を散策します。


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by ciao66 | 2017-10-24 17:54 | オーストリア2017 | Comments(6)

10. ウィーン市立公園の朝の散歩とフンデルトヴァッサー・ハウス

ウィーンの3日目です。朝の8時15分でも公園ならもう開いているでしょう。
U4のシュタットパーク駅からウィーン川に架かる橋を渡って・・・
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音楽家の銅像で有名なウィーン市立公園に来ました。
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ヨハン・シュトラウスの銅像です。
音楽の街らしい、メロディー感のあるデザイン♪
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金色の銅像というのは他ではあまり見かけないので、インパクトも有ります。
(作曲家自らが楽器を弾いて演奏するのが当時は普通でした。)
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ちょっと変わった植物。
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ほんのり色づく木々。
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朝のジョギングの人。
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シューベルトの銅像。
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この二人の音楽家はともにウィーン生まれでした。


ステューベントーアからトラムに乗り、次に来たのはヘッツガッセにある
一風変わった建物、フンデルトヴァッサー・ハウスです。
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1986年に完成したのですが、色彩がカラフルで、曲線だらけです。
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これでも公共住宅だそうです。
キーワードは「植物と共に生きる家を作ること」・・・
ちょっと他では見かけない建物でした。
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9時過ぎ、またトラムに乗り
ウィーン運河を渡って・・・
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次に向かうのは、
プラーターの大観覧車と、ヨハン・シュトラウスの家で、
ついでにマダム・タッソーも見ます。


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by ciao66 | 2017-10-22 16:56 | オーストリア2017 | Comments(4)

9. ベートーヴェンの散歩道とウィーンの森から見下ろす夕焼け sanpo

シューベルトの生家の前からトラムに乗って、グリンツィングに到着しました。
ここは建物の下がトンネルになった面白い駅です。乗ってきた電車はずっと向こうに。
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降りた時の様子はこちらです。もう午後4時40分なので、帰宅する人たちも多い時間でしょう。でも、私はまだやることが有って・・・
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ハイリゲンシュタットにあるベートーヴェンの散歩道を歩き、ホイリゲで夕食し、
カーレンベルク山上の展望台に行くという、まだ盛りだくさんの予定なのです。

38番トラムの終点、グリンツィングの駅を外から見るとこんな感じで、ここだけは単線のループ線になっていると判ります。
(後刻、山に上がる38Aバスの車内から撮った写真です。)
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グリンツィングはウィーンの郊外といっていい場所で、やや高級な住宅地でもあり、
昔の雰囲気を少しまだ残している感じも有ります。(写真は駅前の眺めです。)
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ここから、カーレンベルクにはバスで直行できますが、
時刻が時刻だけに、回る順をよく考えないといけません。
山のふもとは早く日が暮れるでしょう。

暗くならないうちに、先にベートーヴェンの散歩道に行くことにします。
ここから歩いても行ける距離ですが、歩き疲れるのは避けたいと・・・

山と反対方向の38Aバスに乗り、その後D線ヌスドルフ行きに乗り換え、
終点のベートーヴェンガンクで降りました。停留所の名前がベートーヴェンの道、という意味なので、ここなら迷うことなくたどり着けるでしょう。
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現在位置はグーグルマップの黄色いマークのところ。
地図を見ても緑の多い住宅地だと判ります。上の方はブドウ畑が広がるいいところで、近所にはワインの飲めるホイリゲ(紫の↓)が有ります。

ベートーヴェンの散歩道は小川に沿って、地図の青い丸を通り赤い丸まで、進みます。
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トラムの終点から歩き始まましたが、
まだここはベートーヴェンの散歩道では無さそう?
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黄葉の始まった木々を眺めて少し行くと・・・
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ベートーヴェンの散歩道に出てきました。
地元の方にお聞きしたら、これで間違いなしですと。
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少し行くと小さな道角に出て、標識が建っています。
上の標識は「ベートーヴェンガンク」とあり、下のは「エロイカガッセ」。

ベートーヴェンにゆかりの道2本が交差しているというぜいたくな場所。
・・・ガンクもガッセも「細い道」のことです。
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エロイカガッセのほうには行かずに、そのまま直進します。

ここで、交響曲の「田園」が出来たのかと想像しながら、
歩く分にはとても雰囲気はいいのですが、

5時過ぎになって、太陽が傾いて、おまけに周りは木々が茂っていて、
撮影にはちょっと厳しい環境になりました。
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散歩道にはこんな家も点在していますが、羨ましいような環境です。
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お二人が追い越していきました。
地元人ではなさそうですが。
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小川沿いの道はますます暗くなってきました。日の当たるところはまだ明るいようです。まだ道はもう少し続いていたのですが、左に折れてハイリゲンシュタットの街中の方に向かいます。
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カーレンベルガー通りに出ました。
ここを真っすぐ行けば、エロイカガッセに出るはずです。
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昔風の雰囲気ある建物が点在して、なかなかいいところです。
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ここだけ秋が来ているという不思議なスポットを通って、
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エロイカガッセに出ました。これを真っすぐ行けばハイリゲンシュタットの広場でしょう。
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30分ほどの散歩は終了して、プファール広場に到着です。
広場には古い教会が有って、
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周りに、昔からあったような雰囲気ある建物が有っています。
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夕刻の一瞬、いい雰囲気です。
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目的地はここでした。
マイヤーというホイリゲ(・・・ワインの酒場)、
まだ午後5時40分でしたが、もう開いていました。
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看板にはベートーヴェンの顔が有り、その下に「ベートーヴェンハウス」と書いて有ります。一時期ベートーヴェンが住んでいたことが有るのです。なぜ居酒屋に?と思いましたが、「今はホイリゲになっている。」との説明を見つけましたので、ベートーヴェンのころは、普通の大きな家だったと思われます。(←この項修正しました)。
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中に入りましたが、
周りにブドウのつたが伸びた、なかなか雰囲気あるところです。
お店は開いたばかりでまだ空いています。
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席について、ワインを注文し、そのあと看板の向こうの建物に行って、食べ物だけ注文して、それはセルフサービスで運びます。(ホイリゲはそういうシステムらしい)
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ワインが運ばれてきて、みんな揃いました。ポークとポテトサラダ、
見るととても簡単な夕食ですが、これで充分満足。
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さて、夕食を終えて、灯のともった街中を行きます。この少し向こうは、ベートーヴェンの「ハイリゲンシュタット遺書の家」(・・改修中で閉館)でした。
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このあと38Aバスに乗って、午後7時頃
夕刻迫るカーレンベルクの展望台にやってきました。
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眼下にはウィーンの街が広がります。
左手はドナウ川、手前はウィーンの森です。
ちょっとおとなしい夕陽でしたが。
この景色を見たかったのです。
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バスで山を降り、地下鉄を乗り継いでウィーンを縦断し、
ホテルに到着したのは午後8時頃でした。

次回は、「ウィーン市立公園にある音楽家の銅像を巡り、プラーターの大観覧車に乗る」の巻です。


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by ciao66 | 2017-10-20 22:08 | オーストリア2017 | Comments(4)

8. フロイト博物館とシューベルトの生家に行く

建物の外には旗が4本並んでいます。
この旗は、「ここはウィーンの歴史的建造物です」というサインですが、
訪問者には判りやすく格調も高い目印です。
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ウィーンの有名人は数多いのですが、精神医学者のフロイトのその一人、
ドア脇の呼び鈴の中からフロイト博物館のベルを探して、鳴らします。

階段を上がって・・・
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このドアを開けましょう。
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 ここはフロイトが実際に診療をしていたという部屋なのですが・・・
がらんとした中に、ベッドの模型のようなものが置いてあります。
有名な「寝椅子」の代わりでしょうか、本物は別のところにあるとか。
そのわけは後ほど・・・
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当時はこうだった、という写真でしょう。
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住居と診察室の両方を兼ねた家だったのですが、この部屋はどっちの部分なのか・・・。
ここは想像力が必要なところのようです。
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 フロイトはユダヤ人でしたので、47年間暮らし続けた家でしたが、
ナチスの手をのがれるために、1938年にロンドンに亡命しました。
それで、部屋の中が「がらんどう」なのは納得です。
多くの物はフロイト博物館(ロンドン)に有るそうです。
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でも、こちらのお部屋には家具がちゃんと有りました。
ソファーは待合室の椅子?
これで少しは昔の姿を偲ぶことができます。
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窓から見える裏庭ですが、これはフロイトのいた当時と同じ眺め?
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ワンフロアの図面ですが、結構広いお部屋。
これ全部だったかどうかは?ですが。
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見学を終えて、階段を降りて、建物の(共用部分の)ホールです。
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振り返って建物を下から見上げます。
白抜きの大きなFREUD(フロイト)の看板が、とても判りやすいのですが、
ひょっとして目立ちすぎかも・・・。
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ここは、例えればファウルチップのような?博物館だったかもしれませんが、
ロンドンの方も機会が有れば見たいものです。(ロンドンの様子はこちら。)

またD線に乗って、今度向かうのはシューベルトの生家です。
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途中で、人々が乗り降りしているのを撮ってみたり、
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別の停留所のフランツ・ヨーゼフ駅前でも撮ってみたり、
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10分ほど乗ってAlthanstrasseで降りました。
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 グーグルマップの写真ですが、これは旅の前に調べで準備してあったものです。
右下からトラムのD線が上に走り、右上のAlthanstrasseで下車。

紫色のマークにシューベルトゆかりの教会が有り、
赤いマークがシューベルトの生家、黄色いマークは「魔王の家」です。
これから順に回ります。
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シューベルト教会(リヒテンタール教会)が見えてきました。
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後ろ側から近づきます。
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教会はツインタワーです。
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白を基調にした優雅な教会。
少年時代のシューベルトが聖歌隊をしていたのはここでした。
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天井画です。
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後ろ側を見上げるとパイプオルガンが有ります。
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 ここは美しい、素晴らしい教会でした。
教会をあとに、シューベルトの家に向かいます。
シューベルトもこの道を通ったことでしょう。
歩行者専用の路地にある面白い階段を上がっていきます。
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 シューベルトの生家の前に、立ち寄ったのは近くに有る「魔王の家」。
18歳の時に「魔王」を作曲したという家ですが、住んでいたのは、
1801年から1818年の間で、シューベルトが4歳から21歳までの間です。

 今ではなんと、シューベルト・ガレージという自動車修理工場になっています。
外観はちゃんと保存されている気配なのです。
ここだけ道路よりも建物が出っ張ったままなのは、周りの建物が変わったのでしょう。
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さて、こちらがシューベルトの生家です。
これ全部ではなくこの一部で、白壁の家の2階部分、今見えている窓がそうです。
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2階廊下からの建物の眺めです。
(このアングルが見栄え良がいいためか、良く紹介されていますが、
写っていない手前の道路に面した側がシューベルトの生家です。)
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  部屋に入りました。豊かな家庭ではなかったので、とても質素な部屋です。
 シューベルトの父は小学校の先生で、当時は小さなこの家が昼間は校舎(教室)なのでした。
 シューベルトは4歳までここに住んでいて、その後、先ほど見た「魔王の家」に引っ越します。
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シューベルトの顔。
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シューベルトのピアノ。
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シューベルトの眼鏡。
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台所のあとのようです。まさに前々世紀のような?雰囲気。
何もないので様子はさっぱり判りませんが。
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家からの眺めです。昔もこんなだったか?と思ったのですが、
当時と様子はすっかり変わっているかもしれません。
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戸外の中庭に有った井戸です。
多分シューベルト一家もここを使っていたのかと思われます。
トイレもこの並びに有りました。(鍵をお借りして、使わせていただきましたが。)
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シューベルトの伝記なども読んで行きましたので、
ここでシューベルトが暮らしていたかと思うと、感慨深いものが有りました。

続きは、この日の夕刻の散歩の記録です。
ベートーベンの散歩道と、ウィーンの森から見下ろす夕焼け。


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by ciao66 | 2017-10-18 19:46 | オーストリア2017 | Comments(2)

7. 軍事史博物館とベルヴェデーレ宮殿に行く

ここはウィーンの軍事史博物館ですが、ここに来てみるまで、こんな建物だとは思ってもいませんでした。ここが元々は武器庫だったとは、驚きです。
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まるで王宮のような金色の輝き。
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大きなドームに美しい絵。
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絵画以外の部分は、ちょっとオリエンタルなデザインです。
絵が無ければモスクのドームに似ています。
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アールの天井が美しいのですが、
展示部分は、エントランス部分のようには豪華ではなく、普通の感じです。
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さて、展示を見て見ましょう。
軍事博物館というのはちょっと珍しいジャンルです。

歴史的にオーストリア帝国は軍事的にはあまり強い国では無かったのです。

でも、オスマントルコに攻められた1683年には跳ね返しました。
有名なウィーン包囲(2次)です。丸い砲弾はその頃のもの?
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それからほぼ100年後の1757年、
オーストリア継承戦争で負けっぱなしだったマリアテレジアが、
初めてプロイセンに勝ったコリンの戦いの時の戦利品でしょう。

相手はフリードリヒ2世の時代です。その時の記念碑があのグロリエッテでした。
その後またプロシャにはやられっぱなしになるのですが・・。
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フランス革命(1789年)のあと、ヨーロッパ中がナポレオンに占領され、オーストリアも同様でしたが、そのころ使われた始めたのが気球です。
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その天才ナポレオンも、結局は全ヨーロッパを敵に回して、負けて島流しになってしまいます。
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その後、ウィーン体制の平和な時代になったかと思ったら、次は革命の時代。
パリの2月革命がヨーロッパ中に波及して、オーストリアでも大変なことに。
内戦があちこちで起こります。
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その後、平和な世紀末の時代を経て、飛行機の飛ぶ時代になって、第一次大戦がはじまります。これはアルバトロスB2というドイツの飛行機です。
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その第一次大戦の引き金となったのがサラエボ事件です。

1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー二重帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公と妻のゾフィーは、ボスニアの州都サラエボで銃撃されました。

このサラエボ事件の1カ月後、オーストリア=ハンガリーはセルビアに宣戦を布告し、それが第一次世界大戦の端緒となりました。

その時フランツ・フェルディナント大公夫妻が乗っていたのがこの自動車です。
軍事史博物館で一番の見るべき展示物はこれでしょう。

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運転席です。
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銃弾の貫いた跡が生々しく残っている車体。
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残されたフランツ・フェルディナント大公の服です。
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当時の報道写真などを纏めた記事のリンク。↓

サラエボ事件から100年 第一次世界大戦の引き金となった暗殺を写真で振り返る

偶発事件から起こったというところが、危なっかしいですが、

今でも似たり寄ったりかもしれず、そんなことが起きないことを祈りつつ、

風格ある建物を振り返ります。
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30分ほどの駆け足見学でした。ホップオン・ホップオフバスにまた乗ります。
建物の真ん前まで付けてくれるので、これは助かりました。
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公園のようなところを抜け、次に向かうのはすぐそばに有る・・・
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ベルヴェデーレ宮殿です。到着しました。
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女性のような、羽の生えた馬のような・・・不思議な像です。
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建物に入りました。窓の形が独特です。
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昔はオイゲン公の宮殿でした。
オイゲン公は、オスマントルコが攻めてきたときに活躍した英雄ですが、
いまでは美術館になっていて、
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クリムトの「接吻」が有ります。うまく写せませんでしたが・・・。
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クリムトの遺作「The Bride」(未完成)。ぼやけてしまいましたが・・・。
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この庭はみごとでした。ベルヴェデーレ、美しい景色という意味の言葉通り。
視線の向こうはウィーンの旧市街。大聖堂の塔も見えます。
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ここも30分ほどの駆け足で見て、またホップオン・ホップオフバスに乗ります。
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こんどは最前列を確保。
やはりここが一番眺めがいい!
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オペラ座の前で、トラムD線に乗り換えて中心部を縦断し、
中心市街地の北側に出てきました。
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次回はフロイト博物館とシューベルトの家の周辺です。


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by ciao66 | 2017-10-15 21:25 | オーストリア2017 | Comments(4)

6. シェーンブルン宮殿をパノラマバーンでぐるっと一周する

ここはシェーンブルン宮殿。丘の上のグロリエッテというところ。
宮殿はとても広いのでミニトレインでここまでやってきました。
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 時刻は宮殿に到着した朝の8時20分に戻ります。
黄色い色はあの女帝マリア・テレジアが好んでいた色。
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まだ朝早くて、光線の具合が今ひとつで、おまけに建物はとても巨大なので、
思ったようには綺麗に撮れませんでした。
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 ここはウィーンパスが使えて、宮殿全体を見ることができます。
前の日に見た、旧市街の王宮よりはぐっと華麗ですが、建物内は撮影禁止なので、公式サイトから何枚かお借りして、見た時の記憶を呼び起こしましょう。

順不同ですが、まずはゴブリンの間。
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黄色のサロンです。
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宮殿内の鏡の間では、
6才の神童モーツァルトが見事な演奏を披露しましたが、写真は見つけられず。

 そして、ナポレオンの間。
ナポレオンの天下の時には、宮殿が占領されていました。
 当時は王室は郊外に避難しているという状態で、
音楽家ハイドンの家も砲撃で危ない所だったと。
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大ギャラリー。
ナポレオンの失脚後に開催されたウィーン会議のとき、舞踏会はここで行われました。「会議は踊る」という言葉で有名ですね。
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 日本語のオーディオガイドを聴きながら、見学は1時間少々で終えました。
 
 う~ん。結局うまくご紹介できなかったようですが、まぁすごい所でした。
あとで公式サイトを覗いてみてください。


写真は宮殿の横にある庭園です。
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 さて、ここからは撮影オッケーのところ。
次に向かったのは「馬車博物館」です。
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何頭いるのでしょう?
こんなに馬の数は必要ないと思うのですが・・・8頭立て。
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金の馬車。なんだかディズニーの世界のような。
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乗っていたのはこの人たち。
マリア・テレジアとその家族です。
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少し時代は下がって、この白いドレスは誰のでしょう。
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答えはエリザベートの花嫁衣裳でした。娘の大公女マリー・ヴァレリーが保管していたそうで、良く保存されていたものです。

そして、エリザベートの馬車はこれです。
形は優雅ですが黒塗りなんですね。ちょっと渋い感じ。
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そして、皇帝フランツ・ヨーゼフと皇后エリザベートの服です。
皇帝はいつも軍服が多かったようですが、ちょっとミスマッチな雰囲気も。
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 20世紀に入るとすでに馬車の時代ではなくなり、宮廷には自動車が用いられるようになりました。745馬力で時速は90km、当時としては、これでも凄かったのでしょう。
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全部で30分ほどの見学時間です。詳しくは先ほどのリンクをご覧ください。

 馬車博物館の前のマークは「シェーンブルン・パノラマバーン」というミニ汽車の停留所で、30分毎に走っています。
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ルートはこんな感じで、見どころを回りながら宮殿内をぐるっと一周する。
疲れずに回るにはこれが一番!
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やってきました。
車掌さんがウィーンパスの裏側のバーコードをピッとしたら、それで切符はオッケー。
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宮殿の美しいお庭も見ながらのんびり行くと、見えてきた建物はパルメンハウスという大温室で、次の停留所は間もなくです。
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この温室と動物園の2つを、ささっと見て、
30分後のパノラマバーンに乗るという「早回り」ができるでしょうか。
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ヨーロッパ最大の温室ですが、それほど見たいものもなく、
すぐそばの動物園に移動します。
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皇帝フランツ1世(=マリア・テレジアの夫)が趣味で?造った、世界最古の動物園。
まだ見たことのないパンダを、果たしてウィーンで見ることができるでしょうか。
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あっ、居ました・・・でも寝ています。
起きるまで待っているわけにもいかず、
これでは姿を見たような、見ていないような・・・・。
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素早い「早回り」は終了。パノラマバーンが巨木に囲まれた道を通ってやってきたのは、グロリエッテという丘の上の記念碑です。
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はるか向こうにスタート地点の宮殿が見えます。
テクテクと歩く人たちをしり目に、楽ちんここまででやってきました。
(もっとも、歩いて楽しむのも、いいのでしょうが・・・)
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冒頭の写真です。見上げるように撮ったのですが、
実は、離れた場所でないとこのグロリエッテはうまく写らないのでした。
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奥の手で公式サイトからお借りしました。これで全体像が良く判ります。
建物直下では、建物の陰と明るい空のコントラストが大きく、撮影は難しかったのです。
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 展望テラスの端から中央部を見ていますが、先のドアにはカフェがあるはずと思って
行ってみると「ここから入れません」というようなドイツ語が書いて有り、
ぐるっと回り道する羽目に・・・。
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やれやれと、はるばる反対側に回り、ほぼ一周して建物中央部のカフェに入りました。
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眺めのよさそうな、ここでランチする予定だったのです。
向こうは問題の?閉まっていたドア。
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朝しっかり食べたので、お昼は簡単に、ブラットブルスト(=ソーセージ)とパンです。
ケチャップが飛び散って大変なことになりましたが・・・お味はまずまず。
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 池ごしの宮殿とウィーンの市街地です。塔が見えていますがシュテファン大聖堂です。
距離は4kmくらいあるでしょうか。
 宮殿の後ろ側は小さな川(ウィーン川)が流れ、建物の立地は谷間のところ。
眺めのいい、このグロリエッテの方が良さそうに思ったのですが・・・。
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 グロリエッテの屋上に行くのはウィーンパスが使えたのですが、すっかり忘れていました。階段で昇るのには大変そうなので、忘れていて良かったのかも。

 この日はウィーンの郊外を南へ北へと、あちこち回る予定でしたが、
今のところ、宮殿見学を昼過ぎに終わらせるという、ほぼ計画通りの進行状況です。

宮殿前からホップオン・ホップオフバスに乗ります。これもウィーンパスが使えるのですが、直行の公共交通機関がない移動にはピッタリです。
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乗り込みました。2階建てバスなので眺めは抜群。
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 展望はいいものの、日差しが強く、明るすぎて、途中の写真は写しづらかったのです。
ハウプト・バーンホフ(中央駅)の近くを通って、間もなく目的地に到着です。
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ちょっと穴場の?博物館です。
どんなところか、次回をお楽しみに。


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by ciao66 | 2017-10-13 20:20 | オーストリア2017 | Comments(4)

5. 夕刻のウィーンの街歩きはバスとトラムに乗って

ここはウィーンの最古の教会、ルプレヒト教会。
薄暗い空間に浮かび上がるようなステンドグラスの雰囲気が素敵です。
でも実は・・・
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 ステンドグラスを綺麗に写すために、露出をかなり控えめに調整したのでした。
実際の堂内の明るさはこんな感じ↓だったのです。
ロマネスク様式でしょうか、アール(曲線)が美しい堂内でした。
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 外壁は古い石の存在感が有ります。
冒頭の写真と窓の並び方は同じなので、
内外がイメージしやすいでしょうか。
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 西暦740年の創立ですが、今残る建物も1270年ころ出来たもの。
手前の白い部分は、何でしょう。ちょっと違和感のあるものがくっついている感じ。
塔に登れば面白そうですが、それはおそらく駄目でしょう。
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反対側はツタの有る外壁でした。
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ツタの有る側からは展望が有って、
眼下の広場は賑やかなシュヴェーデンプラッツ、向こうのビルとの間はウィーン運河、
近所の落書きの有った外壁は、ここが台地の端だという立地に関係が有りそうです。
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 シュヴェーデンプラッツからトラムでリンク(=環状道路)を半周してオペラ座方向に向かおうと思っていましたが、見たいところを一か所思い出したのです。

 そこへはわずか400mくらいですが、夕刻でもう足が疲れていましたので、72時間乗り放題切符を使って、ホーアーマルクト広場から「1A」というバスルートで行くことにしました。乗るのは一停留所分だけです。
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 バス停にはちゃんと次のバスが来る待ち時間が表示されていて利用しやすいのです。
着いたバス停(上の写真)で、地元の人に道を聞いて目指したのは、マリア・アム・ゲシュターデ教会。

 ウィーンで2番目に古い「岸辺のマリア」という意味のこの教会ですが、その堂内の様子です。信者席と内陣の中心軸が少しずれていて、祭壇が真正面ではなく少しずれています。でも座ってみれば不思議に違和感ないのです。
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 何故ずれているのか、その謎解きは・・・(どの本だったか忘れたましたが、それによると)昔あった城壁がここで折れ曲がっていて、その跡にこの教会が建てられたと。
教会横手の道路の石畳のカーブが雰囲気が有りました。
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また、先ほどの「1A」バスに乗って、ショッテンリンクでトラムに乗り換え、リンク沿いにオペラ座の方向に戻ります。
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ここで降りてみようと思ったのは、オペラ座の少し手前、ウィーンの市庁舎ですが、
これは市庁舎とは想像がつかないようななかなか優雅な姿です。
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市庁舎とはリンクを挟んでその斜め前に有るのが
エリザベートの銅像の有るフォルクス庭園です。
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 エリザベートの人気からでしょう、人は写ってませんが、実は結構な見物人の数・・・私もその一人ですが。
真っ白な座像でした。夕刻5時頃なのでちょっと光量が不足し、撮るには苦労したのです。
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この日の予定はこれで終了。見るところは予定通り見ましたが、
最後に一つ残ったのは、食べること!

オペラ座の前まで、またトラムにちょっとだけ乗り、
王宮の建物内にある「アウグスティーナー・ケラー」に来ました。
あの、アウグスティーナー教会のお隣で、アルベルティーナとの間の地下に有ります。
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ケラーというのは「ビールを貯蔵する地下室、ビールを飲ませる地下酒場」です。
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 オーダーしたビールについてきたのは、
Brezel(ブレーツェル)という面白い形をしたパンです。
日本ではプレッツェルというらしいのですが、
人の手を胸の前でx型に重ねて十字を組んだ姿とか。
(ラテン語の「腕」が語源、聖職者が腕を胸の前で交差させ、お祈りする仕草との説)
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ビールも、ここがケラーだという期待を裏切りらないものでした。

メインはオーストリアの伝統料理 Gulasch「グラーシュ」。
ソーセージ、目玉焼き、酢漬けのキュウリがのったウィーン独特のグラーシュ
=「フィアカーグラーシュ」です。
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センメルというオーストリアのパンから作った団子、
「Semmelknödel(センメルクヌーデル)」も中に入っていました。

グラーシュはもともとはハンガリーの料理なので、
多民族国家であったハプスブルク帝国らしさを感じるお料理でしょう。
栄養バランスも良く、美味しかったのです。

おまけに、
お値段合計で、€19.8+チップ€1=€20.8 は、とてもリーズナブルでした。

食事を終えて、オペラ座の横を通って、
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正面に出て、
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トラムⅮ線に乗りました。
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Ⅾ線で、ハウプト・バーンホフ(中央駅)に出て、泊まっていたホテルに預けていたスーツケースを受け取り、今度はそこからU1で一駅、ケプラー・プラッツから徒歩5分にあるホテルカロリンに引っ越しです。(写真は翌朝撮ったもの)
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こんな部屋でした。ここに3泊します。
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着いたのは午後7時頃、ちょうど夕暮れ時、部屋の窓からの眺めです。
ハウプト・バーンホフのお宿よりは一駅だけ遠いのですが、あまり利便性は変わらず、
立地は庶民的エリアですが、とてもリーズナブルなところ。
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 気楽そうに書いていますが、旅行中懸案が何もなかったわけではなく・・・

 足の親指の爪に少しヒビが出来ていて、裸足では歩きにくかったのですが、
伸縮包帯でカバーして、靴さえ履けば問題なしで、毎日のように約2万は歩いて、それでも大丈夫だったのは幸いでした。

 翌朝の様子です。ここは朝食の内容がいいとの口コミも当たりでした。
果物とゆで卵(写っていませんが)が有ると栄養バランスが取れて嬉しいのです。
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一泊あたり€67.8(朝食・税込み)でした。

今回から予約サイトを変えホテルズドットコムにしたのですが、そこで10泊予約をすれば、次の1泊分はタダになる、というのが魅力でした。でも、お値段が税別で表示されているので注意が必要、ウィーンでは消費税と宿泊税で合計13%プラスになります。

次回はシェーンブルン宮殿の巻です。


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by ciao66 | 2017-10-11 06:04 | オーストリア2017 | Comments(6)

4. ウィーンの街歩きはペーター教会のオルガンコンサートから

シュテファン大聖堂のあとは、街歩きの時間になりました。
グラーベンの通りを観光用のフィアカーが行きます。
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この通りは中世は堀だったので、こんなに道幅が広いのでしょう。
青いオブジェが不思議に街にマッチしていました。
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 グラーベンにはこんな塔がにょきっと立っています。(光線の具合で路地から写す。)
ペストの流行が収束した感謝の記念柱。ペストといえば中世を連想しますが、
これを造ったのはマリア・テレジアの祖父で、1693年のことですから
すでに中世ではなく、近世といわれる時代の初めころの出来事でした。
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 グラーベンから横丁へ入り、「ここは抜けられそうかな?」と
ちょっと探検みたいに、こういうアーケード歩きも面白いのです。
ガラスの天井が素敵でした。
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 グラーベンの先まで来ると、直角に曲がってコールマルクト通りが始まり、
王宮巡りの出発点だった、ミヒャエル門が真正面に見えて、
ほぼ街を一周したことになります。
でも、王宮には戻らずに別のところへ・・・
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 ペーター教会での午後3時のオルガンコンサートに行く予定だったのです。
まだ20分前ですが、休憩を兼ねて中で待っていればいいでしょう。
ここは外観もなかなか素敵な教会です。
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美しいバロックの堂内ですが、ピンクの大理石が柔らかく調和を保っていて、
先ほどの大きな大聖堂よりも、ずっと心休まるような空間になっています。
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卵型のドームが下に降りてきて、そのまま堂内の平面に投影される、
このシンプルさがいいのです。
ウィーンで私の一番の好みの教会がこのペーター教会でした。
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 オルガンコンサートが始まりました。
始まりはバッハの「 トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565
(↑クリックすると音が出るのでご注意ですが、
以下2つのリンクも同様。聞きながらどうぞ。)

低音のパイプオルガンの響き、チャララ~ン♪で始まる、おなじみの曲です。
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演奏はすべてバッハの作品でしたが

6つのトリオ・ソナタ 2番ハ短調 BWV 526.2」は、
まるで天上から降りてきたような音楽、という印象で、

幻想曲ト長調 BWV572」は、 
バッハ23歳の若いときの作品という割には、ちょっと渋い感じで素敵でした。

さて、30分ほどのコンサートを終えて、街歩きの再開です。
ペーター教会を別のアングルから撮ってみました。
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 路地歩きが面白いのは意外性が有るからで、
自分の好きなように歩くというのがいいのです。

 またパッサージュを見つけて入ります。
ここは間違いなく通り抜けできそうなところ。
6フロアくらいの高い天井の上のガラス窓が素敵です。
ここを抜けて・・・
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 ちょっと変わったものを発見。珍しく木造の建物で、
石の建物に「へばりつくように」して建っている!
何に使っているのか?謎ですが
色彩が不思議に周囲にマッチしています。
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こんな中世からありそうな石畳の路地が続いて、
ここを曲がってしばらく行くと・・・
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 Judenplatz(ユダヤ人広場)です。これはちょっと変わった形の記念碑で、第二次大戦の際にナチスに殺害された65,000人のオーストリアのユダヤ人のために造られました。
 現地の英文説明によればアクセスできない図書館あるいは本棚ということらしいのですが、残念ながらピンときません。ネットで探してみた別の解説では、「知恵」「記憶」「記録」をも意味しているとか・・・。
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 1938年にはナチスによる「水晶の夜」事件によって、ウィーンのシナゴークの90%以上が破壊され、7500人のユダヤ人の商店と住居の破壊と、91人のユダヤ人殺害が起きました。
ここにはユダヤ人などが虐殺された45か所の強制収容所の名前が書かれています。
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 この記念碑の下には、シナゴーグの破壊された跡が有って、発掘後保存されているのですが、この建物にある ユダヤ人広場博物館 の地下から見ることができるそうです。
私がウィーン滞在中は、残念ながらユダヤ教の祭日と定休日が連続していて、
見ることがで見ませんでした。
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 ベルリンとフランクフルトではユダヤ博物館に行ったので、違いもみて見たかったのですが、ウィーンパスが使えるといっても、すべて見るわけにもいきませんので、ちょうど良かったのかもしれません。(3日間の観光で充分にその元は取りました。)

広場の端から振り返ります。
通行人もご覧のように少なく、静かな落ち着いたところでした。
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ぶらぶら歩いているようでも、一応の目的地はあるわけです。
次に向かっているのは、ホーアーマルクト広場ですが、そこは・・・
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ウィーンがまだローマ人の街ヴィンドボナであった当時からの古い古い広場。
167年にはローマ皇帝マルクス・アウレリウスもここに来たという。
ローマ遺跡の博物館が有りますが、行ったときには改装工事中で閉館だったようです。
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ホーアーマルクト広場の端にアンカー時計を見つけました。時刻はちょうど午後4時ですが、
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12時にしか仕掛けは動かなかったようです。
さっさと下をくぐって・・・
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 古い街の雰囲気は残っているのですが、
ちょっと物騒な落書きの有るスポットに来ました。
でも、昼間は大丈夫でしょう。この階段を上がって・・・
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次回は、
ウィーン最古の教会というルプレヒト教会から始まります。


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by ciao66 | 2017-10-08 16:57 | オーストリア2017 | Comments(2)