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仙台市野草園の盛夏

たまにはアウトドアで汗をかこうと、この暑い夏ですが行ってきました。
仙台市野草園のお気に入りの藤棚でしばしの読書を楽しんだのです。
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今ごろの見ごろはキキョウの花でした。
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そしてもう一つはクサギです。
花は美しく、実も真っ青で美しいのに、名前は気の毒な臭木。
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そしてふと目に留まったのがマンサクの実です。
馴染みの木のはずなのに、初めて見たような気がします。
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こちらは地面に落ちていた椿の実です。
まだ青い色ですね。これから色が変わっていくのも面白そう。
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最後の一枚はすっかり夏の様子の広瀬川。
愛宕大橋から上流側の景色です。
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次回はドイツ編に戻ります。
by ciao66 | 2015-07-31 12:41 | 仙台散歩 | Comments(2)

28. リストの家とゲーテのお墓を巡り、バウハウス博物館に行く

ヴァイマルにはここで宮廷楽長を13年ほど務めたフランツ・リストの家があります。
リストがヴァイマルに招かれたのは1848年で、ゲーテが亡くなった16年後のこと。
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外観はこんな感じでイルム公園の片隅にあります。
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室内の様子です。
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リビングルームでしょう。
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宮廷楽長の家にしてはちょっと小さい・・と思ったら、
ここはリストが宮廷楽長を辞した後、1869年1月に宮廷に招かれた際に、
ひと夏を過ごすために特別に用意された家なのでした。

リストの胸像。
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リストのデスマスク・・・(若い時のもの)。
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リストのもう一つのデスマスク(1886年に亡くなった時のもの)。
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 なぜ2つもあるのでしょう?学芸員の方に聞いてみました。
(若いほうはデスマスクでは無く、本当はリビングマスクでは?と私・・・)
初めのもデスマスクとよび、若い頃の姿をとどめる意味でしょうか
そういう習慣があるのだと。今の時代にまた復活すると面白いかもしれませんね。


 ヴァイマル時代はピアニストとしての第一線を退いた時期ですが、
作曲家としてはこの時代に最も活躍したそうです。
そういえば、リスト音楽院がお城のそばにありました。


 当時のレコードジャケットでしょう…と思いましたが、
リストが亡くなった当時、すでにレコードは発明されたものの、まだ実用化の少し前。
超絶技巧のリストの演奏というわけでは無く、リストの作品だったのでしょうか。
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リストの家から少し歩いて、緑いっぱいのところに来ました。
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芝生がありますが公園ではありません。
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墓地です。
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緑の中の古い墓碑が風情を醸し出しています。
一番奥にあるのは霊廟でしょう。
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立派な霊廟は、公国の公爵一族のためのもの。
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青い星空のような美しいドームです。
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その一角に有るのが、公爵の一族に交じって特別待遇のような人2名・・・
ゲーテとシラーの棺です。
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外へ出てみると、不思議なものが建物の後ろにあります。
ロシア式の正教の様式のドーム!
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二重になった十字架はまさにそうです。
ゲーテの時代は有りませんでした。
すこし後の時代に、礼拝堂として追加されたらしい。
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霊廟のパンフレットによると、
1862年に、ロシア皇帝の王女、Maria Pavlovna の霊廟として造られた。
ヴァイマルに嫁いだロシアの王女だった。

へぇ~と思って、調べてみました。

妻:マリア・パヴロヴナ (ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公妃)
夫:カール・フリードリヒ (ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公)

カール・フリードリヒはゲーテを招へいしたカール・アウグスト公の息子です。

マリア・パヴロヴナ大公妃は、フランツ・リストを宮廷に招き、地理学者のフンボルトを招へいし、ヴァイマルの文化に寄与した。シラーの遺作の詩は彼女にささげられた。

これで、ロシア正教の霊廟がくっついているわけが判り、
ゲーテの時代の少しあとのヴァイマルの様子がよく判りました。


さて、テューリンゲンカードを使って、見るところは大体見たのです。
博物館が閉まる5時までには少し時間があります。
この日何度目かのシラー通りを通りながらどこへ行こうかと・・・。
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最後の一か所は、バウハウス博物館に行くことにしました。
ピンク色の洒落た建物です。
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バウハウスの建物の脇で、何かひもを使って飾りつけ中でした。
聞いてみると、明日からイベントがあって、準備中なのだと。
バウハウス大学の学生だそうです。ちょっとポーズをとってくれました。
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博物館に入場しました。おなじみの作品が並んでいます。
ヴァイマルは二つの世界遺産があります。文化都市ヴァイマル(ゲーテその他)
もう一つは、バウハウスとして登録された世界遺産。
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博物館は一目で見渡せるくらいのコンパクトなもの。
あっという間に見学終了。ここで見た中では・・・
このモニュメント風のオブジェが私のお気に入りでした。
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これですべて終了。テューリンゲンカードで何か所回ったことか。
この日のランチは遅かったので、夕食は簡単にすることにします。

歩いていると、Nord See というお店を発見。ノルド・ゼーとは北海でしょう。
おいしそうなものが並んでいます。
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お寿司もあったのです。でも味はどうかなとスルーして、
別のものをテイクアウトします。
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赤い屋根のホテル、アンナ・アマーリアです。
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ここのホテルは、バーでワンドリンクのサービス付き、ビールもオッケーでした。
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部屋に持ち帰って、これが夕食です。
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サラダは美味しかったのですが、選択を誤ったようです。
魚のサンドは鮮度がそれほどでもなかった。
ヴァイマルから北海は遠かったのです。
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次回はライプツィヒの巻。DBのストライキに遭遇・・・。
by ciao66 | 2015-07-30 13:02 | ドイツを巡る2015 | Comments(4)

27. 緑あふれるイルム公園とゲーテの山荘

ここはイルム公園のゲーテの山荘です。
山荘とはいっても山の中では無く、ふもとの辺り。
前は広い公園で、後ろ側は自然のままのお庭になっています。
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イルム公園の中から見た山荘です。
この道をいつもゲーテは歩いていたのでしょう。
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街中のゲーテの家は大公からのプレゼントでしたが、
ここも同じくご褒美に貰ったもので、時期的にはこちらのほうが先でした。
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いろんなアングルから撮ってみようと・・・
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バラが咲きだしていました。
テューリンゲンカードで入場します。
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質素な台所です。
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1階の様子。部屋ごとにカラーが違うのはゲーテの家と同じですね。
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2階に上がりました。
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書斎です。
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2階からは美しい公園が一望!
ため息が出るような素敵なところ♪
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書斎の隣りの部屋です。ここも書斎?
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建物の裏手は自然のままのお庭です。
庭と公園と一体化して区別はつきませんが、フラットな部分が公園。
イルム川が谷間に流れています。
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山のような庭から降りてきました。
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今度は、公園内をもう少し歩いてみます。
どこまでも伸びる散策路。
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緑いっぱいです。
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川に出てきました。
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山荘から少し下流の橋です。
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橋を渡ってしばらく行くと、別の山荘が表れました。
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崖の上に建っています。登るのが大変そう。
だいぶ歩き疲れているのです。
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やっこら、登って到着したのは、ローマ館という名前の建物でした。
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建物はお金持ちの別荘だったのでしょう。ゲーテの山荘とは趣がまるで違います。
でも、がらんどうで家具がなにも無いのはちょっと寂しい・・・。
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イルム川が流れる谷間が望めて、ここも眺めはいいのです。
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ここからはフラットな道で楽ちんです。
美しい花があれば尚更良し。
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この看板が気になったのです。
地下の洞窟が見れるというのでしょう。
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なるほど、こうなっているのかと・・・
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地下への入口を見つけて潜入します。
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中は期待ほどでは無かったのです。
ぐるっと回って一周するのに多分5分くらい?
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通路の途中で行き止まりのようなドアがあって
突然開くのは面白い仕組みでした。
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地下洞窟のすぐそばで、それよりも興味深かったスポットはこれです。
赤い星のマーク!目を引きます。何でしょう?
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ここは1990年までは東ドイツだったのです。
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鎌と槌、赤い星とくれば、判ります。墓石があります。
ソ連の墓地だったのでしょう。軍関係者の墓地でしょうか?
東ドイツ時代のものかと思われますが、詳しくは何も判らずでした。
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東ドイツがあった時代(=東西分裂の時代)は1949年~1990年の間、約40年間、
第二次大戦後の占領期間を入れるとソ連の影響下にあったのは45年くらいです。
再統一後はもう25年も経っているとはいえ、
ここが東ドイツだったことを示す痕跡はあまりありません。

(時間は戻って・・ ) 冒頭のゲーテの山荘に行く前です。
ゲーテの家の広場にある、アジアビストロの看板につられて入りました。
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看板にはお米のメニューがあったのです。
室内の様子は色彩感覚が中華風ではありません。

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ここは聞いてみると中国では無くベトナム人の店、
久しぶりの米飯はチャーハンで、わずか3ユーロ!(400円位)
ここだけは物価水準がまるで違っていたのでした。
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次回はヴァイマル編としては最後で
リストの家とゲーテのお墓の巻です。
by ciao66 | 2015-07-28 07:54 | ドイツを巡る2015 | Comments(8)

26. ゲーテが50年間住んだ家とそのお庭@ヴァイマル

フラウエンプラーン広場に停まった観光馬車です。
ゲーテの時代は200年前、まだ馬車に乗っていたころでした。
広場にゲーテの50年間住んだ家があります。
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ゲーテの家はこれ、とても立派です。
家はザクセン・ヴァイマル公国の大公から1872年にプレゼントされたもの。
ゲーテの功績がいかに大きかったかが判ります。
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家に入りました。広場の様子が中から見えます。
冒頭の馬車はどこかへ行ったようです。
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これは玄関ですが、こことは別に大きな馬車の入り口もあります。
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緩やかな階段は歩きやすく、楽に登れるようにゲーテが考えた階段だそうです。
大きなスペースが必要ですが、確かに歩きやすいね、と感じました。
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階段室の天井です。
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部屋に入りました。どこも彫刻や絵画が並び、当時の様子がそのまま残っています。
そして、部屋ごと色彩が違っているのも注目です。
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ゲーテの採集した品々でしょうか。
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今度は青の部屋です。
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中庭を囲んだ家なのです。風通しや採光が良さそうです。
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表からは想像もできない裏庭です。畑や花壇の眺めが安らぐ感じ。
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これは、ゲーテ夫人(クリスティアーネ)と子供。
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ゲーテが描いたクリスティアーネの絵です。事実上の結婚はゲーテが39歳の時。
ゲーテは豊かでしたが貴族では無く、33歳の時にその功績から貴族に列せられます。
奥さんの出身が相応しくないと、周囲に思われて、正式に結婚できなかった。
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そういう中でも夫人はでも明るい性格で、ゲーテと仲良く18年暮らして、やっと機は熟して正式に結婚ということに。
そのときゲーテ57歳。その10年後にクリスティアーネは亡くなります。

クリスティアーネの部屋です。
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(どの部屋からだったか忘れましたが)窓から眺める広場の様子です。
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次々と現れる部屋の数々・・・。
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見事なお皿です。
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これは何でしょう。ゲーテが採集した鉱石の見本です。
ゲーテは公国の鉱山の管理までしていて、その研究もしていたのです。
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200年前の時計。まだ動いていて、時報も鳴ったのです♪
それは当時と同じ音色なのでしょう、
ゲーテが聞いたのと同じ音を今また聞ける・・・ちょっとした体験かもしれません。
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ゲーテの書庫です。
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ゲーテの書斎です。ここには入ることができません。外から眺めるだけ。
右手奥の机で執筆したのでしょう。
重厚な家具に囲まれ、部屋の色調は明るく落ち着いた感じ。
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書斎に繋がる寝室です。 
(左手が書斎、もとは召使部屋ですが、晩年は便利なここが寝室になった)
ゲーテはここで息を引き取りました。
「もっと光を」という有名な言葉とともに。
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この言葉に深い意味はなく、
ただ単に寝室が暗かったので明るくしてほしいということだった。
という説があります。
ゲーテも普通の人間でもあったということでしょう。

ご紹介しきれなかったお部屋もあります。
ゲーテの家の公式ページの Audio Guide texts をご覧ください。

(どの部屋からだったか忘れましたが)窓から眺める庭の様子です。
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お庭に出てみました。広いのです。
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花が咲き、当時は野菜畑もあった。
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ゲーテ博物館に入りました。
(ゲーテの家とは別なので、たぶんここはテューリンゲンカードで入場)
ゲーテの家族、ゲーテの子供時代でしょう。 
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ゲーテが遊んだ紙芝居です。
フランクフルトのゲーテの家でもこの紙芝居の話は出てきました。
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イタリアの火山噴火。イタリア紀行の頃でしょう。
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気球にも乗ったのか?
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ゲーテは良く旅に出た人です。記録はこの辞書のようなファイルにつづられた。
右はメモを入れるミニ引き出し。
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若い頃のゲーテ。
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これはイメージ通りのゲーテ像でしょう。
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帰国後、ゲーテの人物像、そして奥さんはどういう人物なのか、ゲーテを巡る女性たちについて興味がわいたので一冊の本を読みました。

ゲーテが愛した妻クリスティアーネ」 エッカッルト・クレスマン著 重原眞知子訳

「いったいこのカップルは男として女として、夫として妻として・・・日常のレベルでどんな夫婦だったのか。・・・夫婦が交わした手紙を中心に・・・当時のヴァイマル社交界のゴシップやエピソードも交えて・・・鮮やかに描き出している」(訳者あとがき)
~なかなか面白い本でした。

次回ゲーテの山荘の巻に続く。
by ciao66 | 2015-07-26 14:05 | ドイツを巡る2015 | Comments(6)

25. ヴァイマルの城美術館とシラーの家

ヴァイマル公国当時はお城だったのです。城は1774年の火事で焼けてしまって、国の政務は別の場所で行われていました。そんな中、ゲーテが26歳の時、フランクフルトからこの国に宰相として招かれたのです。
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ゲーテは翌年には大臣に就任!ゲーテは有能な行政官でもあったのです。
財政を工夫してこのお城を再建します。(写真は朝では無く前の日の夕刻のもの)

今は城美術館として公開されています。
私の好きな絵のいくつか写真を撮りました。
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これはクラナハ作の絵でしょう。
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中世の絵は意外に色彩豊かなのです。
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美しいですね。
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祭壇もちょっとドイツっぽい感じでしょうか。
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これはいいなと思ったのです。ドイツの風合いそのもの。
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ゲーテが再建したお城がどんなのか見てみましょう。
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巨大な花瓶でしょうか?なかなか洒落ています。
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ドイツ風のぴしっとしたイメージと、柔らかい天井のアールがうまく調和しています。
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ここは白の広間と呼ばれるところで、当時ゲーテが内閣首班として執務をした部屋です。
舞踏会のホールのにも使えそうな感じ。内閣の執務室にしてはずいぶん立派ですね。
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見学を終えて、出てくると建物の下に通路が!
こういうのは私は好きなので、見逃しません。
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ドアが開いていて見学できるようです。
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2階に上がってみました。結局ここは何だったのか?
bastilleという建物だったのですが、訳してみれば監獄のこと!
監獄の時はこんなに綺麗では無かったでしょうね。
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さて、テューリンゲンカードの2か所目のスポットへ向かいます。
青空が出てきていい気分です。
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この日何度も通ることになるSchillerstrasse(シラー通り)にまた来ました。ヴァイマルの中心市街地は1km四方くらいの小さい街なので、バスや電車は利用しなくても歩いて十分回れるのです。
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シラーの家です。もう開いていました。
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シラーといえばベートーベン「第九」の詞である「喜びのうた」や、戯曲「ウィリアム・テル」で有名ですが、歴史学者、哲学者でもあったようです。ゲーテはシラーをイエーナ大学の歴史学教授として招へいしています。
この二人のどちらがシラーでしょう?右かな?若い頃の絵でしょう。

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1階の窓から通りがよく見えます。
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1階にあった机は質素なもの。
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細長い台所。昔の様子をよく伝えています。
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シャルロッテ夫人の寝室。
お部屋はゲーテの家に比べれば簡素なものですが、庶民の家という感じでは無く、
1800年前後のアッパークラスの市民の家としてはこんな感じだったのでしょう。
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2階に上がりました。裏窓からの様子です。

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戯曲ウィリアムテルは1804年に出来た。
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それを書いたのがこの机です。
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当時の様子がそのまま机の上に再現!
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ゲーテとシラーの親交は10年にわたりましたが、シラーがこの家に住んだのはわずかの間でした。1802年から亡くなる1805年の間3年間。
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次回はゲーテの家の巻です。
シラーが亡くなったのまだ45歳だったのですが、
ゲーテは82歳まで長生きして、50年間同じ家に住みました。
by ciao66 | 2015-07-24 22:04 | ドイツを巡る2015 | Comments(4)

歌舞伎を見て、東京スカイツリーに登り、三井記念美術館に行く

ドイツ旅行記は1回お休み、ガラッと気分を変えて、東京の一泊旅行の巻。

何十年ぶりに来た歌舞伎座は外観は以前と同じ印象、夜景が綺麗でした。
七月大歌舞伎(夜の部)は夏らしい怪談話で、玉三郎に海老蔵に中車(=香川照之)という豪華メンバー。
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「怪談牡丹灯籠」は元々落語のネタ、落語が元の演目というのも珍しいのでは?
人情や人間の業というのもバックに控えながらも、客席に人魂も飛んだり、
下駄のカランコロンというちょっと怖い演出があったかと思うと、
元が落語だけに笑わせる場面も多数で、とても面白かったのです。

歌舞伎の後は、三井ガーデンホテル銀座プレミアに宿泊。
16階のロビーからの夜景です。

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お部屋の様子です。
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翌朝、部屋からの眺めです。右手は汐留のビル街、銀座8丁目は新橋のほうが近い。
近くは湾岸エリアと遠方は千葉の房総の山並みまで見えました。
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野菜たっぷりの朝食です。
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朝のロビーからの眺めです。
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朝は10時ころまで開いているところは少ないので、どうしようかと考えて・・・
妻のリクエストで来たのは何処でしょう?
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東京スカイツリー!
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気分を盛り上げる演出です。
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朝9時前、並ばずに入れました。
エレベーターで350mの高さへ。
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エレベータは超高速なのにちっとも耳が痛くならないのは不思議だったのです。

さて南方向です。
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西方向は皇居の向こうに富士山が見え、
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下のほうに目をやると、隅田川と浅草寺の緑が見えます。
川沿いには金色のアサヒビールのオブジェも。
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北方向には地図の形の通り、川の流れが見え、筑波山もはるか彼方に。
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東武伊勢崎線の電車と並行してトンネルから抜けた京成電鉄の線路が足元に。
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実は、来る前は、それほど期待はしていなかったのです。
私は東京タワーのほうが好みだと。
でも、やはり高い所は面白いね、という結論になったのでした。

下界に降りてきました。支える鉄柱です。

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10時過ぎ、日本橋の三井記念美術館に来ました。
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「春信一番!写楽二番!」という題名でフィラデルフィア美術館から里帰りした浮世絵が展示されています。
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私としては「写楽が一番!春信は二番!」だったのです。
丸い独特の目と表情が面白い。
前日歌舞伎を見た後だけに余計そう思いました。

美術館賞の後は、お向かいのコレド室町1の孫さんの店でランチです。

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とてもお買い得で美味しかったのです。

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次回はドイツ編に戻ります。
by ciao66 | 2015-07-24 07:52 | 東京散歩 | Comments(4)

24. ヴァイマルの朝の散歩はゲーテの歩いた道を・・・

散歩にはちょうど良さそうな、車は通りそうにもない裏道です。
ここはゲーテの家のすぐそば、文豪が毎日のように歩いた道だそうです。
歩けば、今も昔の姿を残しているように思えました。
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時間は少し戻り朝の8時30分、ヴァイマルの国民劇場の前です。
左はゲーテ、右はシラー、二人は親しかったのです。
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ゲーテとシラーの時代の約100年後、1919年のワイマル憲法がここで出来た。
(正しくはヴァイマルです)。

銅像を後に、静かな通りを歩き、シラーの家に向かっています。
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黄色い家がシラーの家です。ちゃんと残っています。
でも、朝8時半ではまだ開いていません。後で来ることにします。
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シラーの家の並びは高級な雰囲気のショッピングゾーンでした。
シラーの家を出てからは、昔のシラーになったつもりで、この通りを歩き、
ゲーテの家のほうに行きます。。
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この方は誰でしょう?アンナ・アマーリア公爵夫人です。結婚後2年で公爵は死去、
公爵は残された幼い子供が引き継ぎ、その成人までの間彼女が摂政となります。
ゲーテをヴァイマル共和国に招へいしたのも彼女で、当時の事実上の名君だったのです。
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立派な建物はドイツ銀行でした。ここを曲がると・・・
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フラウエンプラーン広場なのですが、
何やら、砂に埋もれた謎の像を発見・・・???
その向こうに見える黄色い家は・・・
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ゲーテの家に到着です。なかなか立派な家ですね。
ここもまだ開館前で、後で来ることにして
今度はゲーテになったつもりで・・・


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ゲーテの家の脇から路地に入り、散歩を続けます。
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この細い道がいいのです。昔のままなのでしょう。
ゲーテの頃からそのままのようなたたずまいまので、
ゲーテになりきって気持ちよく歩けます。
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黄色い家、赤い屋根、緑の木々。
ここをまっすぐ行けはイルム公園のゲーテの山荘なのです。
当然ここはよく歩いたはずの道。
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来た道を振り返ります。
窓の下に絵があるのは、絵画学校の様でした。
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ここ絵画学校の表側は、若きゲーテの思慕するシュタイン夫人の家だったのです。
すっかり見逃してしまったので、その写真はこちらからどうぞ。

路地を抜けて広い道にでました。
シュタイン夫人の家、イルム公園、アンナ・アマーリア大公妃図書館が有る場所です。
そこには赤い屋根のリストの音楽学校の立派な建物も有りました。
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イルム公園の地図です。とても大きい公園で、川沿いに広がっています。
ゲーテの山荘もこの中にあります。
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公園の中に入りました。広い芝生を抜けて・・・。
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階段を降りると・・・。
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イルム川が見えてきました。小さな川です。
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白いお洒落な橋が見えてきました。
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朝の散歩ではまっすぐ山荘のほうへは行かずに、川沿いを上流(左手)へ行きます。
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イルム川の清流です。ヴァイマルというのは清い水の意味だったとか。
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橋から左手に川沿いに歩くと・・・
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気持ちのいい散歩道が続きます。
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アンナ・アマーリア大公妃図書館の裏手に出てきました。
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窓枠をクローズアップ。世界遺産だけあって立派です。
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公園の入り口側から見たアンナ・アマーリア大公妃図書館です。2004年に火事で焼けて大変なことになったのですが、全くそうとは気づかないように見事に復元されています。
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図書館の内部です。ロココ調の美しい建物で、曲線が何とも優雅です。
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文化都市、ヴァイマルとして世界遺産が登録されているのは、
ゲーテとこの図書館の存在が大きいでしょう。
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図書館の裏手の川沿いの道を行くと・・・
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素敵な並木道が現れて・・・
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昔の領主城館(=城美術館)が遠望されます。
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たどり着いたのはマルクト広場の観光案内所です。とても判りやすい建物ですね!
9時半になると開くので、それまでぐるっと旧市街を回って散歩していたのです!
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ここで、テューリンゲンカードを買いました。
ほとんどの見どころがフリーパスになるという優れものです。
(アンナ・アマーリア大公妃図書館とゲーテの家は対象外です。)
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次回は城美術館とシラーの家の巻です。
by ciao66 | 2015-07-22 18:30 | ドイツを巡る2015 | Comments(4)

23. ヴァイマルの夕焼け散歩 sanpo

ヴァイマルで泊まったホテルの部屋からの眺めです。
落ち着いたパステル調の色彩の建物が、街歩きへ誘っている?
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泊まったのはホテル、アンナ・アマーリアという所、ここに2泊します。
とても綺麗なホテルでした。
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30分ほどして、食事と散歩を兼ねて外に出ました。
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なかなか良さそうなところを発見したのです。
上品な酒場を兼ねたレストランといった感じ。
でも、満席で入れません。仕方がないので・・・
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別のところを探します。
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しばらく歩くと・・・中心広場のマルクト広場に出ました。
市場=マルクトなのですが、もうこの時間は露店は有りません。
旗の立っているのが市役所でしょう。
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ドイツ国旗、ユーロの旗、あと2つは?
(この写真は次の日に撮りました)
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あっ、いいところを発見しました。地球の歩き方に出ていたお店です。
ツム・シュバルツェン・ベーレン。ここは空席が有りました。
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なかなかいい雰囲気では有りませんか。今まではワインを飲んでいましたが、この辺りからはワイン産地では有りませんので、ビールにします。このドイツのビールは美味しかったのです。このあと旅行中のアルコールはすべてビールということに。
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そして、ここでも試してみました。ソーセージとシュパーゲル。
旅行中に食べたソーセージの中でここが一番でした♪
シュパーゲルもしゃきっとして、ポテトもチップで無くて良かったのです。
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すっかり満足して、ホテルに戻ることに・・・。
建物の窓に誰か座っています!危ない・・・。
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人形でした!なかなか洒落ています。
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夕焼けが次第に広がって・・・
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建物のシルエットと不思議な調和が面白くて、
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空を見上げながら歩いていました。
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ヴァイマルらしい上品な建物だと思ったら、MOSKWAという名前のお店。
旗はロシアのものでしょう。ここは、旧東ドイツの領域だったと思いだします。
(こういう店はここしか見かけませんでした。)
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この日、列車はアクシデントでバスに乗ったり、時間がかかったりでしたが、
それもまた旅・・・こうして夕焼けが見られるのは、とてもいい時間でした。
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ホテルに戻りました。この日の万歩計は16,624歩。
半日は乗り物に乗っていましたのでこんなものでしょう。
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翌朝、ホテルのロビーです。
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朝食はこんな感じで、とても良かったのです。
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次回からはヴァイマルの街歩き編。数回にわたって掲載します。 
by ciao66 | 2015-07-19 09:56 | ドイツを巡る2015 | Comments(10)

22. エアフルト行の列車は途中で止まってしまい・・・

ヴュルツブルク中央駅の11番線、エアフルト行の列車です。
赤いドイツ鉄道のカラーでいいデザイン、これから乗ります。
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その少し前、駅の切符売場です。
Reisezentrum(ライゼツェントルム)・・・日本語では旅行センターでしょう。
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番号札を取って待ちますが、すぐに順番が来ました。
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乗車券はこれ。
午後2時にヴュルツブルクを出て、午後5時ころにヴァイマルに到着の予定。
エアフルトまで2時間20分、乗り換えまちで30分、そこからは10分ほどです。
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ルートはいくつかあったのです。
ここからはICEの通るメインルートはちょっと遠回りで、
エアフルトまで最短で抜けるローカル線がこのルートでした。

電光掲示板で確認します。
14時01分発は3本の列車が同時に発車。乗り間違えないようにしないといけません。
一つ目はフランクフルト方向で行先が違います。
残り2つはどちらもプラットフォーム11番線、同じ時間なのに行先が違います!
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11番線に上がります。私は階段で・・・キャリーバッグはベルトコンベアで!
これは便利です♪
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冒頭の写真です。時刻はまだ余裕の20分前。
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DBの職員が丸い案内板を持ってきてホームに据え付けました。
「ここからはエアフルト行」と書いてあります。
2つの行先、バートキッシンゲン行きとエアフルト行きの連結列車!
乗る車両を間違えると、途中で切り離されてとんでもないことになります。
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プラットフォームの電光掲示板です。同じ列車で違う行先が並んでいます。
(列車番号はそれぞれ違います)
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ヴュルツブルクのブドウ畑は駅のすぐ後ろに広がっています。
エアフルト行の車両に乗車しました。
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街中を少し走って・・・
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田園地帯に出ました。黄色い菜の花の丘が見事です。
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色彩豊かなパッチワークです。
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今度は緑一面の畑。快調に列車は飛ばしていきます。
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どこまでも緑の美しい田園が続きます。
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1時間20分経過して、シュバインフルトに到着。
二つの列車はここで切り離しだったのか・・・。
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20分後、木の上屋が雰囲気有る駅に到着。
しばらく停車したまま動きません・・・。
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車内アナウンスが有って、列車はここまでで運行中止、降りてくださいだと。
(車内にいた人に何事が起きたのか英語で聞いて、教えてもらった)
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時刻は午後3時前、ぞろぞろ列車を降りる人々です。
列車がなぜ動かなくなったのか?近くの人に聞いてみました。
次の次の駅で支障が有って、そこへは列車が入れないのだと。
事故なのか、故障なのかは不明なのですと。
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着いたところは、バートノイシュタットという駅。
しばしホームでたむろする乗客です。
15分ほどして案内放送が有って・・・バスで代行運転するので、外で待って下さいと。
(これも、近くの方に何を言っているのか教えてもらった)
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青のラインが予定していたルートです。現在位置は×マークのところ。
バイエルン州の北の端で、間もなくチューリンゲン州に入るという所。
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バスを待つ人々。
でも、なかなか来ません。

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そういう中、なかなかドイツ人は親切です。
異国人が困っているのでは、と思ったのでしょう
「状況はお分かりですか?」と尋ねてくれる方がいました。
「バスが来るのを待っているのは理解しています」と私。
次の駅で降りる予定だったという方でした。

ここでバスを待つこと30分、ようやく来ました。
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午後3時40分。
やれやれ、乗り込みました。
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バスは高速道路に入るところ。
思わぬドイツのアウトバーンの旅になり、
これまた良し、と前向きに考えることに。
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バスは景色が身近に見えて、鉄道とはまた違った趣が有ります。
遅れた旅ですが、車窓から菜の花を堪能できるというわけです。
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緑の牧草地です。そろそろ旧東ドイツの領域に入ったはず。
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これはいい眺めだ!
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眺めのいいところをバスは快調に飛ばします。
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雰囲気が変わりました、今度は森林地帯、チューリンゲンの森でしょう。
チューリンゲン州は旧東ドイツの領域です。
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高架橋で高いところを通ります。
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1時間ほどたって、途中の街に一か所寄って、乗客を降ろしました。
Suhlという駅。(何処だったのか後で調べました)
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また、アウトバーンに乗って、
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時々はトラックを追い越します。
(右側通行なので、左から抜く。)
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高速を降りて、街に入りました。
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何処でしょう?
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着きました。ここで降りてくださいと。
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午後5時半、バスを降りる乗客たち。降ろされたのはエアフルトでは無く、
2つ手前の駅、Arnstadtでした(先ほどの地図の△マーク)。
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今度は鉄道に乗り換えです。不通区間だけがバスだったようです。
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時間は過ぎていますが、列車はまだ来ないようで、
25分遅れという表示が出ていました。
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列車を待つ乗客たち。
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エアフルト行来ました!
最新式の車両です。
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新型車両で明るい大きな窓。鉄道の旅再開です。
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チューリンゲンの田園風景を行きます。
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午後6時過ぎ、エアフルトに到着です。
予定では4時22分着でしたので、1時間40分の遅れ。
みんなが降りたので車両の写真を撮ります。
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ここからは10分少々でヴァイマルなのですが、乗り継ぎ時間があります。
次のICEで行けば少し早くなるので、追加料金なしで乗れるように窓口で交渉です。
規則があるのでしょう、切符は取り換えてくれませんでしたが、勝手にどうぞというわけで、
プリントアウトされた紙をもって、次の列車に乗ることに。
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電光掲示板にライプツィヒ行は10分遅れ、の表示が出ています。
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乗りました。
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あっという間に到着。ヴァイマルです。
予定では午後5時2分のはずが、現在時刻は午後6時53分。1時間50分の遅れです。
この日はホテルのそばを散歩するくらいの予定でしたから、まぁいいのです。
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Weimarはヴァイマルと読みます。Wはドイツ語ではヴの音。
ワイマールというのは英語流の読み方なのでしょう。
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小さい街の割には立派な駅舎です。
昔はヴァイマル公国、ゲーテゆかりの街です。
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バスは行ってしまった後でしたので、タクシーで行くことに。
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5分ほど乗って、
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やれやれ到着です。
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泊まったホテル、アンナ・アマーリアです。
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時刻は午後7時6分、まだ明るいのです。
次回は「夕焼け空のヴァイマル散歩」です。
by ciao66 | 2015-07-17 17:59 | ドイツを巡る2015 | Comments(4)

21. 領主館博物館の古い写真@ヴュルツブルク

2015年5月19日、ヴュルツブルクのホテルの朝食です。
パンがとてもおいしく、ハム・トマト・キュウリ?も良かった。
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朝8時、部屋から眺めるマリエンベルク要塞です。
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9時半頃、前日に続き坂道を登って要塞にやってきました。
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前日閉まっていて見られなかったお庭を見るためです。
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山の上はまだ花は早かったのか、つぼみ多数でした。
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眺めもちょっと曇り空です。
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この日は曇りがちのお天気なので、インドアの見学に集中して、
領主館博物館に入場し、中庭を見下ろします。
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展示物は領主の巨大なマントとかあれこれ有りましたが、光線の加減でうまく撮れず。
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これは立派な机でした。
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ここでは歴史写真の展示物に興味を惹かれました。

ドイツのバイエルン州の一都市、ヴュルツブルクの歴史を通じて、
ドイツのその時代をイメージとして捉えることができるでしょう。

左上は、1854年、ヴュルツブルクに鉄道開通という写真。
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昔のマイン川の汽船や、市内の乗合馬車が面白い。
汽車は開通しても、1892年(日本では明治25年)の市内はまだ馬車が走っていた!
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 1914年、ルートヴィヒ3世がヴュルツブルクに来た時の写真。
バイエルン王です。ドイツ帝国は1871年に成立していました。
 ドイツ帝国の1領邦となったバイエルン王国!が有ったとは不思議な感じです。
ヴュルツブルクはバイエルン王国の一部だったのです。
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1915年、第一次世界大戦時、食糧難だったという写真です。
スープの炊き出し?
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  第一次大戦でドイツは負けて、前年にドイツ帝国は消滅、ヴァイマル共和国が成立したものの、共和国下のバイエルンでは左翼政権が成立し、間もなく崩壊します。
 1917年にロシア革命が有りその影響を受けていた、そういう時代だったのでしょう。写真は1919年4月、急進左派の集会です。
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左翼と右翼が対立して政情は不安定、
写真は市内を右翼のドイツ義勇軍がデモをしています。
第一次大戦の戦後処理をするベルサイユ条約はこの2か月後。
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ベルサイユ条約による賠償金の過酷な支払で、1923年にはハイパーインフレが起こり、レンテンマルクが発行され、これが第二次世界大戦の遠因となります。

ちょっと息抜きに、先ほどの鉄道の写真の拡大版です。

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これは1909年のマイン川の洪水の写真。
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 さて、第一次大戦後のドイツの混乱の時期に戻ります。
ヴェルサイユ条約の賠償金支払いは過酷だったので、ドイツは立ち行かなくなり、
ヴァイマル共和国の理想は露と消え、結果的にナチスの台頭につながりました。

 1934年、一番左上の写真ではヒンデンブルク大統領がナチスの旗のもとにいます。
大統領は次第にナチスに擦り寄り、権限は完全に奪われます。議会は形骸化し、法律はヒトラーが勝手に作って、議会を通さず大統領令で執行されます。
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全権委任法の施行で、独裁権を得たヒトラー。
1933年、ヴュルツブルクの街にナチスの旗が、
そして通りの名前もアドルフ・ヒトラー通りに変えられた(右上写真)。
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1933年のナチスによる焚書です。自由にものが言えない時代に。
基本的人権は奪われました。場所はヴュルツブルクのレジデンツ広場です。
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1945年、ヨーロッパ中を蹂躙したナチスの支配は、なんとかイギリスだけが踏みとどまり、そこからアメリカの加勢で、ドイツの各都市にも連日の爆撃がくわえられました。
ヴュルツブルクの街もめちゃめちゃに壊されました。
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1945年、アルテマイン橋の対岸からの様子です。
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当時の模型です。
レジデンツ付近からマリエンベルク要塞方向はすっかり焼け野原。
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マリエンベルク要塞の付近から市街地方向です。
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 このあとは、ドイツの東部はソ連の支配下で独立し、ドイツは東西分裂となり、戦後の歴史へとつながります。ベルリンの壁の崩壊で東西ドイツが再統一されたのは1990年のことでした。


すっかり美しい街にもどって、今ではそれは想像もできませんが。
この日の博物館から北方向の眺めです。
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マリエンベルク要塞にはもう一つ博物館があります。
マインフランケン博物館。場所はいちばん北側の奥のほう。
過去の歴史を見てきた、リーメンシュナイダー作の母子像です。
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表情も豊かだし、いかにもドイツらしいではありませんか。
私の好みはこの作品でした。
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一つ目はじっくり、二つ目は駆け足にて見学終了。
マリエンベルク要塞にあるバス停です。ここからレジデンツに行くバスがあるのです。
青丸にHのマークはバス停、トラムの停留所共通です。
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バスはまっすぐ東ではなく、北のほうを迂回して市街地を半周していきます。
近道のアルテマイン橋が歩行者用の橋だからでしょう。
バスは山から下りてきて、トラムの専用軌道を渡りました。
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曇り空の向こうにマリエンベルク要塞が見えます。
ちょうどトラムが来れば絵になったのですが・・・。
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街中に入ってきました。ここではトラムは道路の中を走っています。
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レジデンツに到着です。
ミニ汽車とちょうど遭遇しました。
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正面の見学者用入口から建物に入ります。ヴェルサイユの鏡の間をまねたレジデンツの鏡の間が見事ですが、ガイドツアーに参加しないとそこは見学はできません。
ちょうど時間に間に合いました。残念ながら写真撮影はできませんので、公式サイトヴァーチャルツアーのページでどうぞ。
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ここはさきほどの博物館の模型などで見たように、第2次大戦の爆撃でかなり破壊されたのですが、装飾品を含めてその細部に至るまで完璧に復元されているのに感心しました。

これで、ヴュルツブルクの見るところは大体見た、というわけで、
これからホテルに戻り、荷物をピックアップし、駅に向かいます。
大聖堂です。裏側のほうが丸いツインタワーで美しいではありませんか。
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途中のマルクト広場でソーセージ屋さんを見つけました♪
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€6でした。テーブルはありますが立ち食いです。よく中身が見えないので・・・
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(かじってしまいましたが)中身を撮ります。
ヴュルツブルクのソーセージは美味しかった。
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マイン川の景色は見納めです。
また晴れてきました。
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トラムに乗って、
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駅に向かいます。
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駅前に到着しました。
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これから向かうのは、ヴァイマル、
ゲーテ街道の珠玉の街です。
by ciao66 | 2015-07-15 17:40 | ドイツを巡る2015 | Comments(8)