2017年 12月 12日 ( 1 )

26. マカルト広場からセバスティアン教会へ歩く

オーストリア旅行の最終日、オーベンドルフからザルツブルクに戻って来ました。
飛行機の出るのは夕刻なので、まだ少し時間が有ります。
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ちょうど12時頃、路地裏に見つけたレストランです。
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料理の写真は上手く行かず、お皿と食器だけ撮ってどうする?(笑)。
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モーツァルトハウスそばのフュルストというお菓子屋さんに来ました。
手作りなのはここだけという、モーツァルトクーゲルンの元祖のお店。
(丸いチョコですが、買ったのはここだけなので、比較はできず。)
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橋を渡って、マカルト広場に来ました。
ここもモーツァルトハウスなのですが、生家が手狭になって、そこから引越した家です。
この2階部分に一家は住んでいましたが、2階だけでも結構広い立派な家です。
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建物はタンツ・マイスター・ハウス(舞踏教師の家)という通称で、実はこの家は、第二次大戦の空襲で粉々になって、最近になって再建されたものです。
2階からは写真禁止で、ご紹介できませんが、とても丁寧に再現されている印象でした。
公式サイトはこちら
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午後2時半ころ見学を終え、
リンツァー通りを少し歩いてセバスティアン教会に来ました。
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堂内の様子です。
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美しい回廊です。その外側は・・・
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教会の墓地になっていて、
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目当てのお墓を見つけました。
真ん中の大きい墓がモーツァルトの奥さんのコンスタンツェ。
小さい右側の墓が、モーツァルトの父、レオポルトの墓です。
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ニッセンというのはモーツァルトの死後しばらくして再婚した相手の姓で、コンスタンツェ・モーツァルトからコンスタンツェ・ニッセンに変わったわけです。
再婚したニッセン氏はデンマーク人の外交官で、コンスタンツェとともにモーツァルトの伝記や手紙の編集などに携わりました。

有能な教育者であったモーツァルトの父レオポルト、
彼がいなければ天才モーツァルトはいなかったはずですが、
お墓が脇に有って、小さいのは謎です。

午後3時半ころ、最後に来たのは、ミラベル庭園です。毎日のように来ていたのですが、一か所撮り忘れたところ、
ぐっと手を伸ばした二人の銅像は、映画「サウンド・オブ・ミュージック」のなかで
ドレミの歌を歌いながら通過したところでした。
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すぐそばのホテルに預けてあったキャリーケースを受け取り、バスでザルツブルク空港に向かいます。
20分ほどで空港に到着、近くて便利な小さなローカル空港です。
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乗るのはルフトハンザ子会社のユーロウィングス。
ゲートから歩いていき、タラップで飛行機に搭乗、このローカルさがいいのです。
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ザルツブルクの夕刻の空からの景色です。時刻は午後7時前ころ。
向かう先は、ベルギーのブリュッセルです。
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飛び立ってまもなく国境越え、ここはドイツの上空です。
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乗り換えのブリュッセル空港です。乗り換え時間は50分だけという忙しさで、遅れたら大変だったのですが、ほぼ定刻に着いてくれたので幸いでした。
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無事乗り換え完了し、今度はANA便で日本へ。
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雨の成田に到着。
この旅で初めて遭遇した雨。
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最後まで長々と旅行記をご覧いただき、コメントを頂戴し、
どうも有り難うございました。

さて、次回は何処へ?


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by ciao66 | 2017-12-12 21:09 | オーストリア2017 | Comments(6)