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多賀城・夏 ☆☆☆壺の碑(多賀城碑)

 壺の碑(つぼのいしぶみ)です。
多賀城碑とも呼ばれています。
 多賀城は当時の陸奥国支配の本拠地だった。 
 多賀城が出来たのは
神亀元年(724年) ですから奈良時代のこと。
 碑文に蝦夷国(えみしのくに)というのが出てきます。
(まだ岩手や青森には中央権力が及ばず、「えみし」と呼ばれていた時代。)
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続きはMoreをクリック。






書いてあることはここから各地への距離などや、多賀城が出来た年のこと。
碑文の内容
でも京都からここまで1500里って、長過ぎませんか?

1里は約4kmとすると・・・
1500×4=6000kmもいくらなんでも有りません。
 mapfanのルート検索では京都→仙台は約830kmと出ました。

 不思議に思い調べましたら・・・・ 
律令制では5町をもって1里としていた。(Wikipedia) 
奈良時代の一里は短くて500mくらいの長さだったようです。
そしてその後、1時間で歩ける距離ということで約4km=1里に変わったようです。

碑文に有る1500里は書き換えれば750kmと表示してあるということですね。
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鞘堂の中の碑
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(次の写真と記事は昨年の再掲です。)
松尾芭蕉が訪れた時には、どんな光景だったでしょうか・・・

 当時鞘堂は無く、苔むした古い碑が建っていて、
「おくのほそ道」では、
 『時の流れとともに、山は崩れ、川は新たな流れをつくって、などと色々変わりはててしまう歌枕の多い中で、ここは千年の記念(かたみ)に思われ、涙が落ちるばかりだ』(要約)、
 と時を経ても変わらない石碑に感動している様子が記載されています。 

 
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きょうの「おまけ」・・・

壺の碑の近くで
赤い実何だろうと近づくと・・・

サクランボでした。
一粒食べましたが・・・さすがに苦かった。
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(あと1回続編が有ります。)
by ciao66 | 2008-07-01 19:02 | 仙台散歩 | Comments(0)
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