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「壷の碑」と芭蕉

 今年も残り僅かとなりましたが、年末につき写真は少し前に撮りました「蔵出し」です。
夕陽があたっていい雰囲気ですが、 ここは「多賀城政庁跡」の一角にある「壷の碑(多賀城碑)」です。
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松尾芭蕉が訪れた時には、どんな光景だったでしょうか・・・
 当時鞘堂は無く、苔むした古い碑が建っていて、「おくのほそ道」では、
『時の流れとともに、山は崩れ、川は新たな流れをつくって、などと色々変わりはててしまう歌枕の多い中で、ここは千年の記念(かたみ)に思われ、涙が落ちるばかりだ』(要約)、
と時を経ても変わらない石碑に感動している様子が記載されています。
 
 芭蕉の死後、この碑については本物か?偽物か?何時のものか?長く論争されてきましたが、近年の発掘調査の結果、今では碑文記載の通り天平宝字6年(762年)の建立のものであるとされ、1998年には国の重要文化財に指定されています。
 芭蕉の眼の確かさが今になり立証されたわけです。
 今年は食品から建材まで様々な「偽物」が横行した年でしたが、芭蕉のような「真贋を見分ける力」が来年も必要かもしれません。
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 鞘堂の格子の影が碑文に写っています。
碑文は西向きなので、陽があたっていない逆光では暗くて多分よく見えないでしょう。
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 多賀城は奈良・平安時代に陸奥国府が置かれ、東北各地の城柵の中心でもありました。
碑面 には、神亀元年(724)の多賀城の創建、762(天平宝字6)年の修復作業などが彫り込まれています。

  変わらなかった先ほどの「壷の碑」と比較するように、芭蕉が『周りが墓だらけで変わり果ててしまっていて、昔を偲びにくい状態になってしまっている』(要約)と、
「万物流転の相」を実感した場所が近くの「末の松山」 ・・・今も確かにお墓だらけでした。

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 そのそばにあるやはり昔を偲びにくい「歌枕」が「沖の石」です。
写真の撮るアングルが工夫をしたので、とてもよさそうに見えますが・・・・
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だんだんと時代を経るに従い、環境が変わってしまい、今では周りを家に取り囲まれて芭蕉の時代を偲ぶにも雰囲気はちょっと厳しいものが有ります。
 でも、石は昔のものでしょう。周りがいくら変わっても、変わらない物もある、ということですね。

 今年のキーワードは「偽」でした、来年のキーワードは「変化する」と予想しますが、どうでしょうか?変わって欲しいもの、変わってはいけないもの、変わらざるを得ないもの、世の中色々有るようですが。。。。
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今年一年のご愛読どうも有難うございます。
皆さん、どうぞ良いお年をお迎え下さい。

by ciao66 | 2007-12-30 17:00 | 仙台散歩 | Comments(2)
Commented by inakamon55 at 2007-12-31 18:45
ciao66さん。今年は公私ににわたり、ブログ訪問いただきありがとうございました。
ブログは、私の行ったことの無い東北地方を中心に北海道や関東やはたまた京都にトルコにと、大変楽しく拝見させていただきました。
来年もブログにお邪魔させていただきます。私の好きな歴史の話など、聞かせてください。
良いお年をお迎え下さい。
Commented by ciao66 at 2007-12-31 19:11
今年も随分あっちこっち行きました(笑)。9ヶ月前のことなのにトルコはもう遠くになってしまった感じです。そしてきっと来年も歴史散歩に植物観察に「あっちこっち」すると思いますので、またご愛読よろしくお願いします。
  来年もinakamon55さんの愛媛県の何気ない感じが素敵なレポートを楽しみにしています。では良いお年をお迎え下さい。 
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