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準胝観音堂の紅葉と芭蕉の句碑

2007年11月17日(日)の続きです。
陸奥国分寺薬師堂のすぐ西側に「奥の細道」の標識が見えます。
奥に見える準胝観音堂そばに芭蕉の句碑が有るのです。
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中に入っていくと真っ赤なモミジが・・・。
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錦の紅葉と錦のじゅうたん。
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準胝観音堂です。ここは仙台三十三観音の二十五番札所で、五代藩主伊達吉村の夫人長松院久我氏冬姫が焼失していた堂を再建しました。
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松尾芭蕉の句碑。
歪めてしまいました、強力で、というのは嘘です。ただ、撮り方が下手なだけです(笑)。
「あやめ草 足に結ばん 草鞋の緒」
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 以下は「おくのほそ道」で芭蕉がここを訪れたくだりです。仙台に風流人がいて芭蕉を案内し、風流なあやめの時節に合った贈り物を選別として貰ったというエピソードが出てきます。少し長いのですが引用します。

 名取川を渡つて仙台に入(い)る。あやめふく日なり。旅宿(りよしゆく)をもとめて四五日 逗留(とうりう)す。ここに画工加右衛門といふものあり。聊(いささ)か心ある者と聞きて、知る人になる。この者、「年ごろさだかならぬ名どころを考へ置き侍れば」とて、一日(ひとひ)案内す。
 宮城野の萩茂りあひて、秋の気色(けしき)思ひやらるる。玉田・横野・つつじが岡はあせび咲くころなり。日影ももらぬ松の林に入りて、ここを木(こ)の下といふとぞ。昔もかく露ふかければこそ、「みさぶらひみかさ」とはよみたれ。薬師堂・天神の御社(みやしろ)など拝みて、その日はくれぬ。
 なほ、松島・塩釜の所々、画に書きておくる。かつ紺(こん)の染緒(そめを)つけたる草鞋(わらぢ)二足はなむけす。さればこそ風流のしれもの、ここに至りてその実(じつ)を顕(あらは)す。
「あやめ草 足に結ばん 草鞋の緒」

(現代語訳)
 
 名取川を渡って仙台に入る。ちょうど五月の節句の前日で、軒にあやめを葺く日だ。旅宿を求めて、四五日滞在した。この地に絵描きの加右衛門という者がいる。いささか風流心のある者だと聞いて、知り合いになった。この者が、「ここ何年かの間に、名だけ伝わって場所がはっきりしていなかった名所を実地に調べておきましたので」といって、ある日に案内してくれた。
 宮城野の萩は茂り合っていて、秋の趣きが想像される。玉田・横野・つつじが岡は、あせびの咲く頃である。日の光ももれてこない松林に入ると、そこは木の下という所だという。昔もこれほど露が深かったからこそ、古歌に「みさぶらひみかさ(お供の方よ、ご主人にお笠を)」と、よんでいるのだ。薬師堂・天神の御社などを参拝して、その日は暮れてしまった。
 加右衛門は、そのうえ、松島や塩釜の所々を絵に描いて贈ってくれた。また、紺に染めた緒がついた草鞋二足を餞別としてくれた。だから言わないことではない、風流の曲者だ、こんな風変わりな贈り物でそれが分かった。
<あやめ草を足に結んで行こう。もらった草鞋の緒もあやめ草と同じ紺染めで、ともに旅の安全を守ってくれよう。>

(おくのほそ道の原文・現代訳はがんばれ凡人から借用しました。)

何の碑か判りませんが、丸い形が年月を感じさせます。
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静かに立っているお地蔵さんですが、名前は百八地蔵尊(延命地蔵尊)。
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周りの樹木の影までが赤くみえるように思えます。
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むこうの広場では近所の子供達が野球をしていました。

さらに西隣は「現」陸奥国分寺本堂です。
残念ながら「現」のほうはコンクリート造りで風情が有りません。
高さ21mの大塔も、写真では判りにくいですがコンクリート造りでした。
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 (散歩は次回に続きます。)
by ciao66 | 2007-11-18 19:25 | 仙台散歩 | Comments(0)
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