9. ベートーヴェンの散歩道とウィーンの森から見下ろす夕焼け

シューベルトの生家の前からトラムに乗って、グリンツィングに到着しました。
ここは建物の下がトンネルになった面白い駅です。乗ってきた電車はずっと向こうに。
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降りた時の様子はこちらです。もう午後5時前になり、帰宅する人たちも多いでしょう。
でも、私はまだやることが有って・・・
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ハイリゲンシュタットにあるベートーヴェンの散歩道を歩き、ホイリゲで夕食し、
カーレンベルク山上の展望台に行くという、まだ盛りだくさんの予定なのです。

38番トラムの終点、グリンツィングの駅を外から見るとこんな感じで、ここだけは単線のループ線になっていると判ります。
(後刻、山に上がる38Aバスの車内から撮った写真です。)
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グリンツィングはウィーンの郊外といっていい場所で、やや高級な住宅地でもあり、
昔の雰囲気を少しまだ残している感じも有ります。(写真は駅前の眺めです。)
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ここから、カーレンベルクにはバスで直行できますが、
時刻が時刻だけに、回る順をよく考えないといけません。
山のふもとは早く日が暮れるでしょう。

暗くならないうちに、先にベートーヴェンの散歩道に行くことにします。
ここから歩いても行ける距離ですが、歩き疲れるのは避けたいと・・・

山と反対方向の38Aバスに乗り、その後D線ヌスドルフ行きに乗り換え、
終点のベートーヴェンガンクで降りました。停留所の名前がベートーヴェンの道、という意味なので、ここなら迷うことなくたどり着けるでしょう。
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現在位置はグーグルマップの黄色いマークのところ。
地図を見ても緑の多い住宅地だと判ります。上の方はブドウ畑が広がるいいところで、近所にはワインの飲めるホイリゲ(紫の↓)が有ります。

ベートーヴェンの散歩道は小川に沿って、地図の青い丸を通り赤い丸まで、進みます。
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トラムの終点から歩き始まましたが、
まだここはベートーヴェンの散歩道では無さそう?
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黄葉の始まった木々を眺めて少し行くと・・・
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ベートーヴェンの散歩道に出てきました。
地元の方にお聞きしたら、これで間違いなしですと。
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少し行くと小さな道角に出て、標識が建っています。
上の標識は「ベートーヴェンガンク」とあり、下のは「エロイカガッセ」。

ベートーヴェンにゆかりの道2本が交差しているというぜいたくな場所。
・・・ガンクもガッセも「細い道」のことです。
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エロイカガッセのほうには行かずに、そのまま直進します。

歩く分にはとても雰囲気はいいのですが、

5時過ぎになって、太陽が傾いて、おまけに周りは木々が茂っていて、
撮影にはちょっと厳しい環境になりました。
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散歩道にはこんな家も点在していますが、羨ましいような環境です。
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お二人が追い越していきました。
地元人ではなさそうですが。
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小川沿いの道はますます暗くなってきました。日の当たるところはまだ明るいようです。まだ道はもう少し続いていたのですが、左に折れてハイリゲンシュタットの街中の方に向かいます。
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カーレンベルガー通りに出ました。
ここを真っすぐ行けば、エロイカガッセに出るはずです。
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昔風の雰囲気ある建物が点在して、なかなかいいところです。
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ここだけ秋が来ているという不思議なスポットを通って、
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エロイカガッセに出ました。これを真っすぐ行けば広場でしょう。
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30分ほどの散歩は終了して、ハイリゲンシュタットの広場に到着です。
広場には古い教会が有って、
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周りに、昔からあったような雰囲気ある建物が有っています。
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夕刻の一瞬、いい雰囲気です。
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目的地はここでした。
マイヤーというホイリゲ(・・・ワインの酒場)、
まだ午後5時40分でしたが、もう開いていました。
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看板にはベートーヴェンの顔が有り、その下に「ベートーヴェンハウス」と書いて有ります。一時期ベートーヴェンが住んでいたことが有るのです。
賑やかそうなところになぜと不思議ですが、ここの敷地は大きく広そうでした。
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中に入りましたが、
周りにブドウのつたが伸びた、なかなか雰囲気あるところです。
お店は開いたばかりでまだ空いています。
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席について、ワインを注文し、そのあと看板の向こうの建物に行って、食べ物だけ注文して、それはセルフサービスで運びます。(ホイリゲはそういうシステムらしい)
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ワインが運ばれてきて、みんな揃いました。ポークとポテトサラダ、
見るととても簡単な夕食ですが、これで充分満足。
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さて、夕食を終えて、灯のともった街中を行きます。この少し向こうは、ベートーヴェンの「ハイリゲンシュタット遺書の家」(・・改修中で閉館)でした。
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このあと38Aバスに乗って、午後7時頃
夕刻迫るカーレンベルクの展望台にやってきました。
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眼下にはウィーンの街が広がります。
左手はドナウ川、手前はウィーンの森です。
ちょっとおとなしい夕陽でしたが。
この景色を見たかったのです。
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バスで山を降り、地下鉄を乗り継いでウィーンを縦断し、
ホテルに到着したのは午後8時頃でした。

次回は、「ウィーン市立公園にある音楽家の銅像を巡り、プラーターの大観覧車に乗る」の巻です。

# by ciao66 | 2017-10-20 22:08 | オーストリア2017 | Comments(0)

8. フロイト博物館とシューベルトの生家に行く

建物の外には旗が4本並んでいます。
この旗は、「ここはウィーンの歴史的建造物です」というサインですが、
訪問者には判りやすく格調も高い目印です。
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ウィーンの有名人は数多いのですが、精神医学者のフロイトのその一人、
ドア脇の呼び鈴の中からフロイト博物館のベルを探して、鳴らします。

階段を上がって・・・
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このドアを開けましょう。
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 ここはフロイトが実際に診療をしていたという部屋なのですが・・・
がらんとした中に、ベッドの模型のようなものが置いてあります。
有名な「寝椅子」の代わりでしょうか、本物は別のところにあるとか。
そのわけは後ほど・・・
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当時はこうだった、という写真でしょう。
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住居と診察室の両方を兼ねた家だったのですが、この部屋はどっちの部分なのか・・・。
ここは想像力が必要なところのようです。
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 フロイトはユダヤ人でしたので、47年間暮らし続けた家でしたが、
ナチスの手をのがれるために、1938年にロンドンに亡命しました。
それで、部屋の中が「がらんどう」なのは納得です。
多くの物はフロイト博物館(ロンドン)に有るそうです。
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でも、こちらのお部屋には家具がちゃんと有りました。
ソファーは待合室の椅子?
これで少しは昔の姿を偲ぶことができます。
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窓から見える裏庭ですが、これはフロイトのいた当時と同じ眺め?
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ワンフロアの図面ですが、結構広いお部屋。
これ全部だったかどうかは?ですが。
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見学を終えて、階段を降りて、建物の(共用部分の)ホールです。
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振り返って建物を下から見上げます。
白抜きの大きなFREUD(フロイト)の看板が、とても判りやすいのですが、
ひょっとして目立ちすぎかも・・・。
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ここは、例えればファウルチップのような?博物館だったかもしれませんが、
ロンドンの方も機会が有れば見たいものです。(ロンドンの様子はこちら。)

またD線に乗って、今度向かうのはシューベルトの生家です。
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途中で、人々が乗り降りしているのを撮ってみたり、
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別の停留所のフランツ・ヨーゼフ駅前でも撮ってみたり、
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10分ほど乗ってAlthanstrasseで降りました。
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 グーグルマップの写真ですが、これは旅の前に調べで準備してあったものです。
右下からトラムのD線が上に走り、右上のAlthanstrasseで下車。

紫色のマークにシューベルトゆかりの教会が有り、
赤いマークがシューベルトの生家、黄色いマークは「魔王の家」です。
これから順に回ります。
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シューベルト教会(リヒテンタール教会)が見えてきました。
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後ろ側から近づきます。
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教会はツインタワーです。
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白を基調にした優雅な教会。
少年時代のシューベルトが聖歌隊をしていたのはここでした。
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天井画です。
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後ろ側を見上げるとパイプオルガンが有ります。
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 ここは美しい、素晴らしい教会でした。
教会をあとに、シューベルトの家に向かいます。
シューベルトもこの道を通ったことでしょう。
歩行者専用の路地にある面白い階段を上がっていきます。
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 シューベルトの生家の前に、立ち寄ったのは近くに有る「魔王の家」。
18歳の時に「魔王」を作曲したという家ですが、住んでいたのは、
1801年から1818年の間で、シューベルトが4歳から21歳までの間です。

 今ではなんと、シューベルト・ガレージという自動車修理工場になっています。
外観はちゃんと保存されている気配なのです。
ここだけ道路よりも建物が出っ張ったままなのは、周りの建物が変わったのでしょう。
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さて、こちらがシューベルトの生家です。
これ全部ではなくこの一部で、白壁の家の2階部分、今見えている窓がそうです。
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2階廊下からの建物の眺めです。
(このアングルが見栄え良がいいためか、良く紹介されていますが、
写っていない手前の道路に面した側がシューベルトの生家です。)
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  部屋に入りました。豊かな家庭ではなかったので、とても質素な部屋です。
 シューベルトの父は小学校の先生で、当時は小さなこの家が昼間は校舎(教室)なのでした。
 シューベルトは4歳までここに住んでいて、その後、先ほど見た「魔王の家」に引っ越します。
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シューベルトの顔。
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シューベルトのピアノ。
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シューベルトの眼鏡。
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台所のあとのようです。まさに前々世紀のような?雰囲気。
何もないので様子はさっぱり判りませんが。
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家からの眺めです。昔もこんなだったか?と思ったのですが、
当時と様子はすっかり変わっているかもしれません。
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戸外の中庭に有った井戸です。
多分シューベルト一家もここを使っていたのかと思われます。
トイレもこの並びに有りました。(鍵をお借りして、使わせていただきましたが。)
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シューベルトの伝記なども読んで行きましたので、
ここでシューベルトが暮らしていたかと思うと、感慨深いものが有りました。

続きは、この日の夕刻の散歩の記録です。
ベートーベンの散歩道と、ウィーンの森から見下ろす夕焼け。


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# by ciao66 | 2017-10-18 19:46 | オーストリア2017 | Comments(2)

7. 軍事史博物館とベルヴェデーレ宮殿に行く

ここはウィーンの軍事史博物館ですが、ここに来てみるまで、こんな建物だとは思ってもいませんでした。ここが元々は武器庫だったとは、驚きです。
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まるで王宮のような金色の輝き。
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大きなドームに美しい絵。
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絵画以外の部分は、ちょっとオリエンタルなデザインです。
絵が無ければモスクのドームに似ています。
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アールの天井が美しいのですが、
展示部分は、エントランス部分のようには豪華ではなく、普通の感じです。
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さて、展示を見て見ましょう。
軍事博物館というのはちょっと珍しいジャンルです。

歴史的にオーストリア帝国は軍事的にはあまり強い国では無かったのです。

でも、オスマントルコに攻められた1683年には跳ね返しました。
有名なウィーン包囲(2次)です。丸い砲弾はその頃のもの?
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それからほぼ100年後の1757年、
オーストリア継承戦争で負けっぱなしだったマリアテレジアが、
初めてプロイセンに勝ったコリンの戦いの時の戦利品でしょう。

相手はフリードリヒ2世の時代です。その時の記念碑があのグロリエッテでした。
その後またプロシャにはやられっぱなしになるのですが・・。
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フランス革命(1789年)のあと、ヨーロッパ中がナポレオンに占領され、オーストリアも同様でしたが、そのころ使われた始めたのが気球です。
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その天才ナポレオンも、結局は全ヨーロッパを敵に回して、負けて島流しになってしまいます。
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その後、ウィーン体制の平和な時代になったかと思ったら、次は革命の時代。
パリの2月革命がヨーロッパ中に波及して、オーストリアでも大変なことに。
内戦があちこちで起こります。
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その後、平和な世紀末の時代を経て、飛行機の飛ぶ時代になって、第一次大戦がはじまります。これはアルバトロスB2というドイツの飛行機です。
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その第一次大戦の引き金となったのがサラエボ事件です。

1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー二重帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公と妻のゾフィーは、ボスニアの州都サラエボで銃撃されました。

このサラエボ事件の1カ月後、オーストリア=ハンガリーはセルビアに宣戦を布告し、それが第一次世界大戦の端緒となりました。

その時フランツ・フェルディナント大公夫妻が乗っていたのがこの自動車です。
軍事史博物館で一番の見るべき展示物はこれでしょう。

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運転席です。
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銃弾の貫いた跡が生々しく残っている車体。
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残されたフランツ・フェルディナント大公の服です。
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当時の報道写真などを纏めた記事のリンク。↓

サラエボ事件から100年 第一次世界大戦の引き金となった暗殺を写真で振り返る

偶発事件から起こったというところが、危なっかしいですが、

今でも似たり寄ったりかもしれず、そんなことが起きないことを祈りつつ、

風格ある建物を振り返ります。
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30分ほどの駆け足見学でした。ホップオン・ホップオフバスにまた乗ります。
建物の真ん前まで付けてくれるので、これは助かりました。
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公園のようなところを抜け、次に向かうのはすぐそばに有る・・・
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ベルヴェデーレ宮殿です。到着しました。
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女性のような、羽の生えた馬のような・・・不思議な像です。
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建物に入りました。窓の形が独特です。
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昔はオイゲン公の宮殿でした。
オイゲン公は、オスマントルコが攻めてきたときに活躍した英雄ですが、
いまでは美術館になっていて、
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クリムトの「接吻」が有ります。うまく写せませんでしたが・・・。
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クリムトの遺作「The Bride」(未完成)。ぼやけてしまいましたが・・・。
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この庭はみごとでした。ベルヴェデーレ、美しい景色という意味の言葉通り。
視線の向こうはウィーンの旧市街。大聖堂の塔も見えます。
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ここも30分ほどの駆け足で見て、またホップオン・ホップオフバスに乗ります。
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こんどは最前列を確保。
やはりここが一番眺めがいい!
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オペラ座の前で、トラムD線に乗り換えて中心部を縦断し、
中心市街地の北側に出てきました。
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次回はフロイト博物館とシューベルトの家の周辺です。


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# by ciao66 | 2017-10-15 21:25 | オーストリア2017 | Comments(4)

6. シェーンブルン宮殿をパノラマバーンでぐるっと一周する

ここはシェーンブルン宮殿。丘の上のグロリエッテというところ。
宮殿はとても広いのでミニトレインでここまでやってきました。
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 時刻は宮殿に到着した朝の8時20分に戻ります。
黄色い色はあの女帝マリア・テレジアが好んでいた色。
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まだ朝早くて、光線の具合が今ひとつで、おまけに建物はとても巨大なので、
思ったようには綺麗に撮れませんでした。
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 ここはウィーンパスが使えて、宮殿全体を見ることができます。
前の日に見た、旧市街の王宮よりはぐっと華麗ですが、建物内は撮影禁止なので、公式サイトから何枚かお借りして、見た時の記憶を呼び起こしましょう。

順不同ですが、まずはゴブリンの間。
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黄色のサロンです。
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宮殿内の鏡の間では、
6才の神童モーツァルトが見事な演奏を披露しましたが、写真は見つけられず。

 そして、ナポレオンの間。
ナポレオンの天下の時には、宮殿が占領されていました。
 当時は王室は郊外に避難しているという状態で、
音楽家ハイドンの家も砲撃で危ない所だったと。
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大ギャラリー。
ナポレオンの失脚後に開催されたウィーン会議のとき、舞踏会はここで行われました。「会議は踊る」という言葉で有名ですね。
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 日本語のオーディオガイドを聴きながら、見学は1時間少々で終えました。
 
 う~ん。結局うまくご紹介できなかったようですが、まぁすごい所でした。
あとで公式サイトを覗いてみてください。


写真は宮殿の横にある庭園です。
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 さて、ここからは撮影オッケーのところ。
次に向かったのは「馬車博物館」です。
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何頭いるのでしょう?
こんなに馬の数は必要ないと思うのですが・・・8頭立て。
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金の馬車。なんだかディズニーの世界のような。
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乗っていたのはこの人たち。
マリア・テレジアとその家族です。
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少し時代は下がって、この白いドレスは誰のでしょう。
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答えはエリザベートの花嫁衣裳でした。娘の大公女マリー・ヴァレリーが保管していたそうで、良く保存されていたものです。

そして、エリザベートの馬車はこれです。
形は優雅ですが黒塗りなんですね。ちょっと渋い感じ。
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そして、皇帝フランツ・ヨーゼフと皇后エリザベートの服です。
皇帝はいつも軍服が多かったようですが、ちょっとミスマッチな雰囲気も。
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 20世紀に入るとすでに馬車の時代ではなくなり、宮廷には自動車が用いられるようになりました。745馬力で時速は90km、当時としては、これでも凄かったのでしょう。
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全部で30分ほどの見学時間です。詳しくは先ほどのリンクをご覧ください。

 馬車博物館の前のマークは「シェーンブルン・パノラマバーン」というミニ汽車の停留所で、30分毎に走っています。
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ルートはこんな感じで、見どころを回りながら宮殿内をぐるっと一周する。
疲れずに回るにはこれが一番!
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やってきました。
車掌さんがウィーンパスの裏側のバーコードをピッとしたら、それで切符はオッケー。
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宮殿の美しいお庭も見ながらのんびり行くと、見えてきた建物はパルメンハウスという大温室で、次の停留所は間もなくです。
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この温室と動物園の2つを、ささっと見て、
30分後のパノラマバーンに乗るという「早回り」ができるでしょうか。
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ヨーロッパ最大の温室ですが、それほど見たいものもなく、
すぐそばの動物園に移動します。
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皇帝フランツ1世(=マリア・テレジアの夫)が趣味で?造った、世界最古の動物園。
まだ見たことのないパンダを、果たしてウィーンで見ることができるでしょうか。
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あっ、居ました・・・でも寝ています。
起きるまで待っているわけにもいかず、
これでは姿を見たような、見ていないような・・・・。
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素早い「早回り」は終了。パノラマバーンが巨木に囲まれた道を通ってやってきたのは、グロリエッテという丘の上の記念碑です。
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はるか向こうにスタート地点の宮殿が見えます。
テクテクと歩く人たちをしり目に、楽ちんここまででやってきました。
(もっとも、歩いて楽しむのも、いいのでしょうが・・・)
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冒頭の写真です。見上げるように撮ったのですが、
実は、離れた場所でないとこのグロリエッテはうまく写らないのでした。
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奥の手で公式サイトからお借りしました。これで全体像が良く判ります。
建物直下では、建物の陰と明るい空のコントラストが大きく、撮影は難しかったのです。
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 展望テラスの端から中央部を見ていますが、先のドアにはカフェがあるはずと思って
行ってみると「ここから入れません」というようなドイツ語が書いて有り、
ぐるっと回り道する羽目に・・・。
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やれやれと、はるばる反対側に回り、ほぼ一周して建物中央部のカフェに入りました。
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眺めのよさそうな、ここでランチする予定だったのです。
向こうは問題の?閉まっていたドア。
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朝しっかり食べたので、お昼は簡単に、ブラットブルスト(=ソーセージ)とパンです。
ケチャップが飛び散って大変なことになりましたが・・・お味はまずまず。
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 池ごしの宮殿とウィーンの市街地です。塔が見えていますがシュテファン大聖堂です。
距離は4kmくらいあるでしょうか。
 宮殿の後ろ側は小さな川(ウィーン川)が流れ、建物の立地は谷間のところ。
眺めのいい、このグロリエッテの方が良さそうに思ったのですが・・・。
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 グロリエッテの屋上に行くのはウィーンパスが使えたのですが、すっかり忘れていました。階段で昇るのには大変そうなので、忘れていて良かったのかも。

 この日はウィーンの郊外を南へ北へと、あちこち回る予定でしたが、
今のところ、宮殿見学を昼過ぎに終わらせるという、ほぼ計画通りの進行状況です。

宮殿前からホップオン・ホップオフバスに乗ります。これもウィーンパスが使えるのですが、直行の公共交通機関がない移動にはピッタリです。
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乗り込みました。2階建てバスなので眺めは抜群。
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 展望はいいものの、日差しが強く、明るすぎて、途中の写真は写しづらかったのです。
ハウプト・バーンホフ(中央駅)の近くを通って、間もなく目的地に到着です。
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ちょっと穴場の?博物館です。
どんなところか、次回をお楽しみに。


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# by ciao66 | 2017-10-13 20:20 | オーストリア2017 | Comments(4)